止まった。

続かない。

見える糸ですらない

見えない糸が見える。それは嘘。糸という表現を借りる。戸惑いは糸と共に。越えなければいけない状況。くだらない糸。全部なくさなければ。切らなければ。
くだらないことばっかり。私の行動。私自身を裁断し続ける。焼きそばより細く、おいしくなりたい。表現は躊躇の先にある。もっと凄くならなければ。認識の外にある。外にでなければ実現できない。私は存在し続ける。私がどうなっていくかは変化する。変化する場所を分からない限り何もできない。わかるためには先に行かなければならない。
ずっとここにいるばっかり。それは終わり。言葉のお陰で少し見えた部分、見えない部分。知識ではない実感のきっかけ。達成する。

青い鳥

空を自由に飛ぶ鳥に憧れる人間ではないけれど、そんな人間の描写は一つの型として頭に残っている。人間がどういう存在かなんて分からないけれど、誰かが生きているポーズっていうのを時々不自然に掴んでしまう。制御できない昔からのくせ。

窓が開き、カーテンは揺れている。夏のジメジメとした匂い、暑さを増す蝉の声。動けばギシギシと鳴るパイプ椅子に一人の男、季節に合わないスーツ姿。前傾姿の男の顔には汗がダラダラと流れている。地面に垂れた汗には砂糖のようにアリが群がって、溺れている。

暑さなんて関係ないように楽しげな子供の声が蝉の声を割る。二階、真っ白く広い部屋、男は黙って座る。大量の鳥の籠が不規則に並んでいる。それぞれに特徴の違う鳥の羽根が無残に散らばっている。時々男は瞬き、欠伸をする。

開かれた一つの籠に青い鳥が一羽。この部屋に鳥は一匹、人間一人。

「ご飯よー」

閉じられた部屋の向こう側から女の声。男にはなんの反応もない。鳥はバタバタ羽を揺らす。

青い鳥は鳥籠から出ていかない。鳥籠は開いている。青い鳥は自由だ。男は動かない。

時間だけが過ぎていく。日は落ちて夕方。男に夕日がかかる。男にかかる影、認めづらい表情は曇り。眉は苦難。

青い鳥は動かない。日はどんどん落ちていく。ひぐらしの声。からすの声。カエルの声。子供の声。

男は今までが嘘のように立ち上がった。何が男にそうさせるのだろう。男は白い床に落ちた籠を乱暴に握り、開かれた窓から外へ放り投げた。青い鳥は飛翔する。今まではなんだったんだろう。男の顔は見えない。全ての音がやんだみたい。吐息が静かに響く。二階の男だけが音を発す。

日は落ちる。男は見えない。部屋に溶けた。黒い部屋、人間一人。揺れないカーテンの向こうに怪しげな月の光。いつもより一つ多い点は少しずつ動いていく。



若者のすべて

iPhoneを片手にお茶を飲んだら床にダラダラと拭き取られることもない水分。今日は水難の相が浮かんでる。浴びたくもない水を三回も浴びた。


https://youtu.be/IPBXepn5jTA


若者のすべて。僕は若者とはいえないと思う。そう考えていたけれどやっぱり若者だった。今、僕は鈴原トウジがバスケットボールをシュートする場面を思い出した。あのとき鈴原トウジが何のためにシュートしたのか忘れたけれど、僕はその場面を使って僕自身がシュートしたくなった。僕が抱える若者のすべて、バスケットボールに込めてシュートしたい。ゴールすれば若者は昇華され、届かなければ腐る。

なにかを書こうとする。言おうとする。始まらなければ進まない。呟こうとすることが始まりだと考えた。社会に言葉を載せる以前に自分自身の繭の中に言葉を落とし込むことすら出来ていなかったからそこから始めることにした。意見は弱かった。弱いと思ったから呟かなかった。弱肉強食。長いものに巻かれる。虐められていても知らないふり。助けての視線なんて見ていない。

僕は僕でいらればいいじゃないかと考えている。社会は上手く回っている。そのような言葉でしか表現できない幼稚な僕。幼稚。幼稚なやつは嫌いだ。

自分が嫌いなやつはなにも好きになれない。好きな自分を偽って生きている。自分でしかいられない私を拒否する悪い私に罰は必要だ。

外で生きるってことは約束事でいっぱいだ。何処もすべて僕の土地ではない。僕がいるまえに誰かいた場所。誰かくる場所。一つ歪めばすべて歪む。次々と頭の上を転がってくるボールをただパスする。そんな簡単なこと、延々と続けるだけ。

全てに負けて引き篭もった。全ては僕より格上だと思う。格上の言うことは絶対。僕の頭は弱い。他人の言葉の方が信用できる。

今僕は存在している。僕は頭の上のボールを転がさなければならない。ボールは次々とやってくる。名前も顔も知らなくても知っていてもボールは次々とやってくる。僕は休もうとするし逃げようとする。するとどうなるんだ。ボールは次々と休まないのに、僕はいないんだ。ボールは次々と地面を転がり、まったく姿を見ていない人たちは僕のもとにやってくるんだ。ボールを止めたやつは誰だって。

完了させることが出来るのか僕は不安だ。今までまともに物事を成就させたことなどない。勝手な自分自身だけの満足など昔からゴミだと思っている。僕は僕を信用していない。僕と接続するはずのものは遠ざかる。誰が僕を遠ざけているのか。僕しかあり得ない。

単純なことをできないのは世界が広がったから。校庭の砂場で遊び続けたあくび少女はいきなりゴザ砂漠に落とされて涙を流す。

課題曲を覚える。台本を覚える。照明を覚える。本を読む。掃除をする。映画を見る。言葉を学ぶ。働く。寝る。食う。清潔にする。服を買う。洗濯する。やることはいっぱいあるのに一つも始めることなく時間は過ぎていく。

食べなくても良いのに食べる。やらなくてもよいのに自慰をする。眠たくないのに横になる。若者を全て吐き出したい。生きていくために。

なろうとする言葉ばかり吐き続けて、明日は来るのだろうか。そんなことを思う。どうなるんだろう。分からない。


残念ながらまともとはほど遠い私です。

残念ながらまともとほど遠い私です。

まともになりたいと僕は思っていますか。わかりません。ですが稽古に行くときにどんな服を着ればいいのか、自宅に存在しない服を渇望してしまう僕はまともっぽさを未だ願っている。異常や特別や普遍や。色々なりたいものを抱えているけれど、全て嘘つきの言葉。私の言葉を吐き出せるように不要な生き方はなくさないと。

目の前の言葉を理解するためのetc.。他人の言葉の八割についていけない。自分の世界じゃやっていけない。

他人の言葉を理解できるように、生きる世界を知って、続けなければ。

行動には全て理由があるんだから。目の前にいる人は目の前に居られるだけのことをしているんだから。よく観察して、どうしてそう動くのかしらないと。

言葉はこの記事に信じられないほどの足りなさ。しかしいまはこんだけ。そういう今の世界に生きている。それは情けなく、それにすら気づかない愚かな自分。まだまだ勉強不足。半ば嘘にそう呟くほど。


夢よりって言葉

幼い頃からなにかを達成できるとは思えなかった。夢なんて夢じゃなかった。

朝から入っていた業務がなくなったので、ぼーと午前中を過ごす。自分がどのように関わるのかまだ曖昧な台本への理解を深めながら、掃除をしたりiPhoneをぽちぽち。あっという間に出かけなければならない時間となる。

両親が建てた実家の二階で台本を読んでたわけだが、暑いから窓を開ける。窓の外からは高校野球の匂い。大雨が降っていたときにiPhoneの画面をスライドすれば見るニュースにて高校野球の予選開幕が多数で延期されたって知った。奈良の高校野球がいつから始まるか知らない。太陽の日差しと雨と川と田んぼの蒸発と緑の匂い。当時どれほど苦しくともあの頃は素晴らしかったと胸を張るかつての高校球児のようになるのだろうかと未だに僕は嘯く。他人、様々な文章に支配されに行く僕。自分から呪いをつくるってアホらしすぎる。

出来ないことを出来るように見せかけて生きてきた。今の自分がどれほど嘘であるのか自分は知っているから苦しくなる。そうして逃げた。

苦しくないように生きた。倒れないように生きた。存在するように生きた。そうすれば生きられるから。

全部勝手な道でしかなく、語ると落ちていく、自分勝手な話しが続いていく。そうしなければならないなんて全部嘘だから。たったひとつの何気ない言葉で崩れる世界だから。

脚が臭すぎたり、服がなかったり、お金がなかったり、ご飯を要求したり、会話できなかったり、行動できなかったり、眠かったり。何かを大事にすれば何かが出来なくなって。言葉は落ちすぎているからなにを大切にするかを選び続けなければ、続くものも続かない。

いまは昨日よりましだ。だからなに? ただ生きているだけでそうでしかない。どのような声も関係ない。私はなにをして、しないのか。明瞭な事実はなにか。全てに先鋭しなければならない。

今、どうしてここにいるんだろう。

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ラブライブのOPにて穂乃果とエリーチカが見つめ合うシーンの表情が好きでみたいなことを書こうってOP確認したら思ってたのと違う(><)。自分が書こうって思ったのはラブライブ内に時々存在するリアリティーな顔でした(なんかでこぼこな文章で嫌になっちゃう)。

結局はおぼろげな記憶で書いていくことになるけれども、僕は少し前に見たものを今書こうと思ったわけだからまぁ印象に残っているわけで、大切(一体全体意味わかんないし)。


この前の記事は書くのに二時間程度かかったし。それだけ程度の時間を使って私はなにを出来るんだろう。できることってなんだろう。

私は今どうして今をするんだろう。意味を分からず行動なんてできない。千年女優の藤原千代子は縁など思い込みに過ぎないあの人を好きな自分を愛し走り続けた。王立宇宙軍のシロツグは何でもなかった一人の女の存在によって宇宙に飛んだ。私はなにによって今みたいに生きることになったんだろう。

全ては過去が知っている。今に潜んでいる。自分を巡る今、21年と9ヶ月と何日とそれ以前の知りようもない妄想の今。今日も明日も今の連続によって1秒も前の今は1秒前に預けられ、今という今に大切は関連しない。

自己を無理やり肯定する。自分の状況は落ち込んでいくばっかり。挫けがち、弱気、貧弱。心は弱いから、それでも負けないようにとか思い込んで。プロ野球選手はプロ野球選手であらねばならない。元々は自分という人格、生活をもっていようともプロ野球選手になればもうそれになりきらなければ食っていけない。食うために、自分の今までとこれからをもって強く酷く視点を向けなければならない。どれだけ捩じくれようとも野球選手として生きなければならない。

ネガティブ、希死念慮、等々。何者にもなれるという言葉を胸に、ここから動かず可能性を盾にして鼻風船を膨らませた。疲れないこと、痛まないこと、苦しまないこと。何者も見えないように生きようとしたのか、始まりの私は。それとも見えないようにしなければ生きづらかった環境だったのか。答えは闇の中であり、考える必要もない。

自分に都合が良いようにすべてを回している。一つ外には僕にとっては自明のことでしかない考えを自らの盾にしているものが山ほどいる。そして僕のすべてが当たり前でしかないものもまた。僕の知らないことを語れるものもいる。世界は世界だ。その一部を僕はみている。

始まり以前に描いたものは開始直後に達成される。ならば私はどうしてそこに居続けるかとなる。別にどこにいってもいいじゃないか人間ならば。

僕は次始まった場所で続けることを始まるまえに考えた。なにか物事がなせるように、一つの場所で自分を築きたかった。自分が存在出来たと思い込みを超えた場所を作りたかった。それは一つの理由。

文化的でいたかった。自分の見える世界って漫画とかゲームとかそんなものだけで、中学に馳せた未来は学校の先生。ものの作り手になれるとは思ってはいなかったし、なりたくなかった。そんなはずはない。すべて諦めたふり。ふりをしなければやっていけない。絵が下手、音痴、手際悪し、怠け野郎。運動も苦手、身体は固い。そんなんだからちょっとましな国語の現代文とかで鼻を内心高くしていたな。もっと入り込んでいたら、良い感じになっていたとか? へんな思考。

そこから続いていく未来は嫌な未来、希望のない未来。さまざまな希望の言葉。若者よ大志を抱け。夢は努力すれば叶う。もう使われて尚利用される言葉は当たり前すぎて僕を圧迫した。勝手な若い僕の妄想がそれを成し遂げなければならないと強要する。人を嬲るな。傷つけるな。人が人を崇め見下す構造は昔からあるのに、僕はこれから自分の手で人を崇め見下すんだなと考えると胸が重くなった。私の笑顔の下に何億の涙。私の涙の上に何億の笑顔。人を殺すな。弱いものいじめするな。そんなことできるはずもない。生きることそのものが殺生なのだから。

時間は平等に通り過ぎる。僕が作業を怠くて緩めているうちにあの人はハードに物事を進めている。

何も遠慮する必要はない。歯車は廻れ廻る。コンセントを差すことが苦手と思うのも、歯車の中に入りきっていないから。スピードの世界に入らなければ。

僕はどうして今ここにいるんだろう。僕にはわからない。忘れてしまった。思い出そうとする。時間はない。思い出せない。

『できることをできるようにしたい』

『映画やゲームや漫画に浸り続けたい』

一つのこと以外を忘れた人間でいられない。それでもそれに縋りつこうとするのは傲慢だ。だからカテジナさんみたいになる。視力、記憶を失いそれでも生きているみたいな。

少し前に僕が固執していた生きるという感覚。私がここにいると思う世界。私の現在と直接コミットしたかのような錯覚。世界は広くて今の状況の私はまだ未然だから今、そういうのなくても生きているってある。

思いついた瞬間かけたら良かったけれど、何回も間を挟んでかいたこの文章。なにを書きたかったか、忘れたな。今なにをしたくてここにいるか知りたいっていうのはあるんだけれど、それはなかなか簡単に明瞭な言葉思いつかないし。いているだけ、それだけで十分だと思うんだけれどね。自信がないから言葉を考えようとする。僕の行為ってそういうもので満ちている(あぁ目の前のかわいい感じの女子高生みたいとか下手な現実。下手な欲望。下手っていうしかないっていうのがミソね)。

人間っていうのは結構余裕があるんだなって最近思う。どれだけ苦しんでいても肉体あるし。五体満足であれ不満足であれ肉体があるんだよな。どれだけの地獄だとしても生きているのは生きているってなんか余裕だよなって。へんな考えかな、どうなんだろう。

だから苦しんでないから、駄目だから、無理だからって勝手な妄想はべらすのやめて自分の世界で世界連ねて小便しろよみたいな感覚、そこで生きなくちゃfuck,youって感覚、全人類持たなくちゃくだらないよねって考える。

自分の世界、視点を貶めようと考えたのは俺だ。今もまだ続けている。これ以上太りたくないと朝ごはんを抜きながら昼夜と過剰に飯食う輩は俺だ。あまり長く寝すぎると行動できないからって結局行動しても休憩挟みがちで意味なしは俺だ。人を差別してはいけないと思いながら、結局人を見下しているのは俺だ。

できないのならばやるな。その感情が本当ならば、消失できないならば、やりきれ。自らを貶めても状況は変わらない。無理に閉めた口から灰色の欲望がジワジワ吐かれているのに気づいているのは俺だ。

あるものを確実に元の位置へとはめ込んでいく。できることはできて、できないことはできない。それを理解して言葉を続けていく僕でありたい。この思考は今までの僕の連続ではない。前の場所から別の場所へと移ったから生まれた言葉。そこで生きていくから必要。前の場所、足りなかった様々は次のステップで解消する。今の場所で。

だからそれを明瞭に言葉にできたらなと思うけれどなんか暗中。わからんね。そればっかり。

こんなのかきながら移動しながら、いろんなことをできていない。文化人としての当たり前。健康で文化的な最低限度の生活は達成できていない。掃除や食事や身だしなみとか。できないことはいっぱい。今まで逃げていたことをできるようにならなければならない。そんなこといっぱい。

とりあえずまた明日へ渡しておこう、今日わからなかったこと。どうしてここにいるのか。まだここにいるなんて微妙なさじ加減。揺らいで崩れてそのときどのように選択するのかが僕の今を決定づけるようになると思う。それまでを楽しく明るい、そんな生き方したいってこれもまたこじつけに近い言葉なんだけれど、昔ほど嘘っぽくない。漫画やアニメ等を夢想の世界って大人はいうけれども、残念ながらこれこそ現実じゃないって染み付いている僕とかは続ける。それが一つ、僕が預かり可能な行為だから。


https://youtu.be/QDPQIKu9gtQ


分からなさすぎて眼鏡をドブ川に放り投げる(裸眼0.1の男性)

今、死んでも後悔しない。そう思い込む。後悔することが怖いことと伝えられたから。


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魔法少女まどか☆マギカ』に出てくる少女たちは何度も悔いを残して死ぬのだが、それを見て僕は自宅二階の自室ベット上にてそうならないようにするにはと頭を働かせた。そんな連続が今の僕を生んだ。人と人、人と花、人と魚、人と犬。人の名前を呼ぶのが怖い。誰かの横に立つのが怖い。生きていると呼ばれるのが怖い。どうして生きているんだろう。今、ここにいることが怖くて。

世界観は狭い。凝り固まっている。明日へと繋がっていない。浮き足立っている。現実感がない。述べられる僕の対義を往けば得られるは僕にとって受け入れ難く明るくつよき人間。恥ずかしいぐらいの人間。

僕はアイスピックでガシガシと破壊される。僕は破壊される以外に能がない。中身は僕の中に小さくまるはだか。幼子から成長していないから。

怖い怖い。何が怖いというと僕がいう人間になること。僕が存在してどうしようもなく人と接触してなんらかの効果を得られる自分になること。怖い。

ゆったりすぎる感情。余計に見える眼鏡に助けられて、余分なものが目に入りすぎた。そう感じてしまう愚かさ。明るさも素晴らしさも享受せず、まだなにもわかっていない。今いる場所を掴みきっていない。存在して顕在されず放ったらかしにされた溶けかけの氷。誰かが最後の生ぬるい体温を吹きかけている。肺をぬけて鼻から抜ける存在した言葉。

他人頼りだとかふざけていて殴られるけれどそれでも僕は他者を求めている。僕を殴って叩いて唾を飛ばして踏みつける他者。ただその行為を求めているのではない。僕を見ながらそうしてくれるだれか。

そのために生きている。

かわいそうとかすきとかきもちわるいとか、いろんなかんじょうどううまれる?

勝手にそう呼ぶ僕は何者でもないという視線によって今少し考える感情の芽生え。僕はかわいそがる、すきになる、きもちがる。全て、誰かが何らかの言葉を発したから生まれた。理不尽な状況だからかわいそがるし、いじわるされたから好きになったし、なにも話さないくせにじめじめしているからきもちわるがった。

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ef - a tale of memories.』に出てくる女の子宮村みやこは自分の暗い部分をこれ以上ないぐらいに表現してそのまま朽ちていこうとした。しかしそこに強くたしかに手を差し伸ばした男の子、彼女の全てに言葉を与えた広野紘。僕は負けたと思った。そうなりたいと思った。助けたいし、助かりたい。何から助かりたいんだろう。分からない。分からないからこそ、助かりたいんだ。

efは一度しか見ていないから、大切だけを覚えて細かいことは少しも覚えていない。だからあまり言葉を付け加えないけれども、自分自身を話さなければ、宮村みやこは助からなかったんだろうと思う。何かにすがりついたから?  忘れたよ。色々と。

どうであれ自分を信じるしかない。死ぬだろうな、駄目だろうと感じる下手な感覚。それでも自分を信じるしかない。前と呼ぶどこでもないどこかを進んでいくしかない。いつしか死ぬことも忘れるほど進んでいくぐらいに。

すべてなにかが生まれてから続いてきた微動の積み重ねでしかないのにまるで生きているような自分。存在を認める目の前の誰か。かつて自分も通り過ぎてきた小学生は楽しそうに小学生してる。あのときは大人という漠然が与えてくれた言葉が生きているみたいに思い込んでいたな。今は全てがリアルに溶けすぎていて、自分の言葉が世界になる場所に立っていて、すんごく少し深いプールの底に沈んで泡吐いてるみたいな状況。もっと思考の奥底で考えなければ。生きなければ。

こんな感じに書いているのも誰かが話した言葉の影響。痛みや辛さ、もう分からないものが僕に与えた不安から逃れる行動をとり続けた結果が今の僕の全て。だからそれ故に分からなくなる。分からない言葉に触れようとする。今の感覚で。だから分からない。すべてを納得させる分からないを思い込む。単純に倒れることが嫌だから。


https://youtu.be/IvDTkTKi5pA


子供のまま、自分のままでいることが嫌だったから繋がってもいないのに独りでアニメを見続けたし、他にも色々。わっはっはって大きく肩を組んで笑える世界が好きと呼ばれると僕は思うから本当に好きな空間ってどこだろうと。中途半端? 浅い? 色々ななにかが邪魔しているししたからこんな状況。

目の前は子供の頃と同じように単純な言葉を連ね続けているから、なにかどうしようもないほど素晴らしい言葉が連続している大人の世界なんて嘘だったんだなあと思わざるを得ない。っていうか話のツボにはまり込めていねーし。結構はるかにピンチピンチ。

歌詞を取り入れれば自分は今まさにそうだよねとかこう生きたいとかいっぱいつまっているから、どうも半端な世界に佇む自分。昔分からずとも今分かるっていうのは、そんな世界を目指したからだろ? なりたかったんだろ、素晴らしい生き方。

まぁ思い込みの一つだけれど、結局独りよがりな世界だけれどそれが私なのだから大きく述べなければならない。漫画や野球やアニメや音楽や平沢進やゲームやひぐらしのなく頃にやネットや2chや他にも色々なかったら生きていないだろうね私。どうなっていたんだろう、考える気はしない。ただ今があるだけだし。