卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

ここ3日間ブリキの太鼓を10pほど読んでは寝てを繰り返している。自分が位置付けているのは別の部分で根気が足りないと思う。自分の位置付けている根気は負けているのにしがみつくもので、そのものの行き着く先は死なので、別のなにかを探しているが…。

なにかをやるってことは今此処で死ぬことを認めることだ。今の私を発露していくことだ。私の思考と世界の思考が噛み合わない。そもそも私の思考って一体何なんだろう。そんなものは存在するのかな。ずっと同じところにいて分からなくなってきた。結局何処にいるにしても、何かに対する言葉が付随していて、自分なんて存在しないことは明白にもほどがあり、こういう話を書くことも、無駄な気がして一度辞めた。直ぐに帰ってきた。残そうとしたんだから、なんとか残しておこうって思って。

自殺自殺自殺。自殺はしてはいけない。しかし、耐える為の立木を幾つも並べていない私に一体どのような星空を拝めるというの。一体何と出会えるの。分からない。分からないから自殺へと導かれていく。

自分の思考じゃ限界だ。文字並べをしたことがある? 要は自分が負ける自分を残さないといけない。あまりに少なすぎる。先ずはブリキの太鼓を読み切ろう。そこからまた一つ、何か書こうよ。其れが良い。

嫌、駄目だと思った。

人に褒められて育ったり。

凄いと言われたり。

みんなそれぞれの生き方があって。

色々な環境があって。

同じ人がいれば。

手を挙げて挨拶したくなるのかな?

合わない人もいっぱいいて

むしろ合わない人がほとんどだから

でも出会わないように出来ている

少なくとも引き篭もっているなら

ただ

もっとも合う人とも出会わないんだな

残念です。

そう思いますけれども 

やっぱ孤独だよ

 

 

「死ぬから嫌いだ」

言葉が私じゃないから。

言葉はいつも淡々。

淡々から外れることを恐れるから。

今、三年前の私が拒否するもの。

読書メーター、私のページ。

並んだ本。

私と私が繋がる。

その絵に気持ちが湧いてきた。

ほんの少し。

新しいものを築けているんだなぁ。

そう考えると誇らしげな気分に。

 

ぼーと目を瞑りながら夢想しているうちに眠るんだから

katachiwakusei0916.hatenablog.com

 

 

私は頭が良くない。物事をなに一つ身につけることなくここまで生きてきた。
こうすれば生きてますよ。認められますよ。そのような言葉の網を自らに掛けて生き続けた(引きこもる前は)。そのくせはまだ取れない。
人自身の人生を自らに取り込むことは苦手。知識と呼ばれる他人の人生を取り入れることは苦手で、話すことも苦手。私は認可される程度に生きることに人生を費やしてきたから、その視点からすると、すっごく気の遠い話を私に突きつけているんだよ。その世界で生きたいんじゃない。私は自室の布団の上で近すぎる天井を眺めたり、開いた窓の外の理由のない雲の流れに涙をポロリと溢す為に生きていたのに、世界は煩いんだよ。何が働け、何が学べ、だ。俺はそんなことのために生きていないよ。この思考許されて何歳まで?(奴隷になるって、そんな考えじゃ生きていないとか、生きているやつはそうじゃないとか色々な意見はあるけれど、結局俺自身の本当のところってやつがそのような地盤でやってきたからどうしようもない。俺は俺のことを引き篭もりと思わなかった理由とかもそこにあって。状態は引き篭もりなんだけれども、俺の最大のポイントはぼーと床につくために生きてきたって話なわけであって、根本的な問題に大きく揺らす言葉、そんなものなんてなかなか出会わんでしょ。俺にとっちゃ漫画もアニメも映画も野球もネットも会話も歩行も生きるも勉強も何もかもが他人事なんですよ。私のための行為になるから、それをやっている人の実を俺なんて知らんが、少なくとも俺はそうなの。全て他人事。今の行為もまたそう。実の話から遠ざかれない。俺は実の話をしたい。少しずつ出来るようになってきた。明日になればもう少しうまく話せるようになれるだろう。とにかく主張することだ。私の根底から逃げないことだ。それだけが求められる)。
何も卑屈になる必要はない。どうしようなく俺を主張するべきなのだ。そうして貶され殴られ、私という人間を知ることで、幸せは自らに降ってくるだろう。俺は幸せでいたい。不実は嫌だ。肉体であることを望む。どうすればよい? 自分の根底を話し続けることだ。そこから逃げてはいけない。それをやって私はスタートできる。スタートしたい。レディー、ゴッ!

 

(私は非常にワガママで個人的で小さな世界に生きる人間だ(そうでなければ四、五年も引き篭もらんわな)。でも、だから、其処に生き続けなければ不実なのです。人は自らでしかいられない。私は顔に泥の鏡を積み重ねていく作業に生きたくはなかった。私自身の実態から逃げたくはない。不実の証明の世界、私の視野、その世界を肯定でないからこそ。肯定できるならば、また話は違うけれども。私は苦しむべきだし、殴られるべきだ。しかしそれは今までのような暗く濁った意味ではない。赤い血と刹那的な情景が身体に重なっていくけれども、それこそが私なのだから、私は私に生きたいから、その為に、行為を捧げよう。卑屈になる必要はない。世界は私を屑と敵と呼ぶが、私自身がそうならば、言うことはない。其処からは逃げない。私は幸せでいたい。私でいたい。私の世界を知りたい。私の今の世界は、私の文章を見れば分かる通り、禿げた頭を撫でる程度。私は私でいなければ。だからこそ、だからこそ、私は自分の土台で話すべきだ。そのための犠牲なんて何もかも構わない。人間は自分のことから逃げちゃ駄目だ。今の感覚としての言葉ではない。大きな骨組みとしての、未来からの伝信だ。有り難く頂戴し、傾注せずに今を生きよう。積み上げていこう。私の実体。生み出したい)

かたちは絵が描けないので、良い小説が書けるようになれば、かたちが好きな絵描きさんに表紙を依頼したい。

かたちのささやかな夢。

叶えるのは私。

素敵って頭の中で思っちゃった。

そんなの全然素敵じゃないのにね。

ふふふ。

笑いも溢れる。

一体どのような経緯で?

私が引きこもっていたときに出会った。

インターネット。

東京にいる人たちや。

私が絵を描いていたならばなんてなんてお話通用せず。

東京にいれば会えたけれどね。絵を見に行けるけどね。

可能性が奪われた。

元からなかったんだよ。インターネットだよ。

でもインターネットがあるからそのような世界があること知れた。

それもまた素敵と残酷重ね合わせ。

小さな火花。

散って、それでも目を逸らさなくて。

そうしているうちに下にポトリと落ちる。

私は一体どのような人間だろうか。

人間としては屑。

それもまた許容してきた人生。

私の世界。

ささやかな夢を叶えるため。

少しずつ整理していくんだね。

まだまだ引きこもっていらっしゃるからね。

ではでは。

katachiwakusei0916.hatenablog.com

 

妄想と想像と現実の接点を記す場所の開設。

毎日書けたら良いけどね。

私の夢想を摘むことなく記す。

此処を私の当たり前にすること。

否定の連続を続け、肯定はどれほど僕に残っているのか。
しかし最早僕の世界に判断可能な物質は残りわずか。
もう動く他なし。
肉体は生き、精神は死んだ振り。
死んだ振りを辞めると、心は苦しみの沼に浸かっていることを思い出して停止する。
精神科や心療内科とお友達ではない私はこうして実家に未だ引き篭もる(外に出ているし、少しは金銭を得る仕事を為すが、お為ごかしに過ぎない)。
苦しみを味わない為に引き篭もるのは自らを保護するのには良い方法ではない。しかし物質も行為を投じることもまた自分には同じ方法で解決に至らない。
解決する方法など存在せず、私は死ぬ他ない。
死なない、死にたくない、生き続けたくはない、私という観測地点の消失を恐れるから。
なにの視点によって私がこうなったのかを常に考える私。
私に於いて、私がどうして、私のように行われているのか、私自身によって説明可能になりたいわけではなく、此処もまた何かへの返答。
死の方法を一つでも抱えることを拒否したかった。私は肉体持参。
肉体は生誕、日々、寿命、葬式、焼却、墓。
私の選択を私は知り続ける。この肉体に生きることを知ってしまう。
この人生は私しか知らないようだ。
支離滅裂な私の文章。理路整然と説明することを拒否する私。
分かりやすいと死ぬ。分かりやすくなければ誰の胸も通らない。
肉体の死を認可せよ。時間を話せ。
自らの道、私道。
王なんて王なんて王道っていうか、勝手に呟いて死ね。
暗い部屋でろうそくを立てて頭に布団被って一酸化炭素中毒みたいな、いや死なず生きるそれ私自身への妄想。
引き篭もるへの夢を果たしつつある私、次は一体何へと移行する。
常に苦し紛れの言葉の泡を突き割る。
引き篭もりにて果たしたことでも考えようか、考えよう。
私の世界は私が考えて思って果たしてきたことだけが残り、できなかったこともおもえなかったこともはたさなかったことも残り、つまり私が言葉に可能な何もかも全てが残り続けるわけでありますが私はそんなこと知れず進む世界の森羅万象。