好き好き超愛してる。

水底の遺物、繭の中、かたち。

好き

自分自身を殺すことは出来ないし、護ることも出来ない。ただ存在するだけ。岸の向こう、薄いモヤに覆われて、安っぽい短パン少年が手を振っている。バイバイって。

存在するものを存在してるって思うために必要な時間。自分を認めるためにどんな道を歩むかがその人らしい話。

痛い世界にたゆたゆと呼吸は続ける。認められなかったものは視線から外れるけれども、そんなこと関係なく世界と私は接する。理解できなかった話と少しずつ向き合っていく。

自分自身でいたい。ありたい。そう思います。

鼓動

薄い、温めた牛乳に張る幕より薄い誤解された皮が私自身を覆い続ける。だれか隣の人が話す言葉はその人自身を護るだけでなく私を護ってくれるものと信じていた。

僕は僕の隣にいる人を同じ対象として接し続けていた。僕に言葉を被せて、僕はその言葉を傘にしてクラゲのようにふよふよ地上を漂い続ける。あっ、あい、あっ。僕の意味はその程度。

僕の身体にペタンペタンと貼り付けられた脂肪は納得してついているわけではない。他者の言葉を僕が僕みたいに思い込んで貼り付けた脂肪の存在を永年鬱陶しく思い続けて、尚貼り付けたまま。

甘えたくなる。今もこれからの息苦しさを思い、すぐに心臓の鼓動に生きようとする気概を手放したくなる。辛いし怖い。涙を流したくなる。

自分自身の心臓の鼓動に生きて、周りの人が誰一人いないものと同じような感触すら忘れた社会を生きる。


嘘つきの毎日

なかとねなかぬなかとねなかぬ‥。

嘘。失態をしたから嘘をつく。

白白しい嘘。ごまかしの嘘。弱みをもっているから嘘をつく。

嘘をついたならば次はない。次がないから今日はない。

どうでも良いことを考えるな。そして今日。

サルページ

色々な自分がいて、物語がある。

物語の同一性に惹かれる人もいれば、別の物語の芝に惹かれる人もいる。

敵ならば好きという。味方であっても違う物語の所有者に嫌いと述べることが苦手で話を合わせてしまう。本音を言えば嫌いな物語。苦手な物語。

僕の身体でフリーパスとならない物語は僕の中ではそれぞれの位置を決めて安心している。不安や鈍痛に襲われて呼吸が辛い日々を送ることは無理だ。

僕は一人なにもない場所で済ましていれば完璧でいられる。僕は呼吸を安心して行う。

僕が生まれる1996年以前から世界に行われる言葉。まるで固定物のように語られる言葉。僕は自分に可能な言葉だけ引き継いで、後の言葉に対する後悔を涙に変えることもせず、諦めないふりを続けている。目の前に弱い手をあてて、目を開いている。

僕が幼稚に思う言葉を話している大人。僕が子供のとき受け取れなかった言葉を続ける大人。僕が受け取った言葉は大人には幼稚だ。僕がとっている行動は大人には杜撰だ。僕は迷惑を与える。僕は最低と烙印づけられる。僕はなにもできなくなる。約束を守らないから。動かないから。

なにか新しい自分が開けると期待している。本当の意味での未来がどれほど僕に赦されているんだろう。そもそも本当に期待しているかもわからない。僕は自分が一体なにをしたいのか、なりたいのかよくわからない。僕は自分が恥ずかしい。人前に出ることが恥ずかしい。生きることが恥ずかしい。生きたくない。生きることがわからない。

「したいのやりたいのどうにかしたいのなんとかしたいの」

許容かわからないけれど、未来はしらないけれど、僕の言葉は、五年前の言葉が誰かと通じ合うことを望んでいた。叶わなかった。

僕は弱気だ。今の僕は弱気ではない。いつの僕が弱気なんだろう。今を生きていると弱い僕が枕に顔を潰している。いつの時代なんだろう。救いたいけれど、曖昧なんだ。

(いつもあと20%ほど言葉を付け足したら良い感じに納得できそう。でも足りない。言葉がわからない。それは誰かの評価のような気がする。現実に目の前の人。私に足りない要素)


「1%でもあるならば良いじゃない」

物の成り立ちは詳しくないし調べないが、100分の1の可能性が目の前にあるとそれは多いのか少ないのか。365回回れば一年となる地球に生きている僕がたった100分の1を少ないと感じたのは恥だと思う。

目の前の人が好きなのになにも話せないし話そうともしないって死んだら良いと思う。本当に失礼。

どうにかしたい。なんとかしたい。思ったことを話そうとしないから自分の気持ちがわからなくなっていく。果たして本当に好きなのかどうか。だれか僕に教えてくれ。殴ってくれ。

背中から見つめているだけで、別の男性の方に視線を眺める虚しさ。

相手がどのような人か知らない。話さなければ始まらない。一生このままで実は結婚してましたとか? だいたい似た結末に至る。そんな僕を僕が撃ち殺せたならば本望だ。