卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

本当に惹かれたものに出会うためには…

君の名は。

 結局出会うこと、出会えるものはいまの私がどういうものかはっきりと示してくる。どういう生き方なのかわかる。

 どうでもいいやつだなとかノイズとか。それは私の生き方。どうでもいいのにもかまいノイズを入れて生活している。

 嫌なものしかわたしにはない。それは私の生き方。嫌いでも駄目でもなにもせずただ過ごして心を傷つけてすり減らす生活。

 わたしは幸せ。それはわたしの生き方。わたしを求めて求めて幸せになる生活をした。

 生き方なんて気づいたときはいつも後だねとはなるけれど。最初こそ今の生活は以前のひとの責任だといえるがそれ以後はわたしの責任となる。それが確実ともいえないがそう思う。

 

 てなことを考えていると君の名は。のことを少し掠める。一回しかみてないので自分の中にはアートワーク程度のものしかないがあの中の彼ら、瀧君と宮水さんはどういう生き方していたっけ?みたいな。

 彼らがほんとうにそうかは定かではないがすれちがいざまに惹かれたという程度では済まされない出会い。彼らはどういう生き方をしていたから出会えたの? それはノイズか本当か。どこまでも自分はなにもおぼえていないのでなにもいえない。でも本当だったらよかったね、おめでとうぐらいはいおうとはおもう。

少なくとも彼らはすれ違い程度をその程度では終わらせない厚みを超えて真に出会えただろうしそれは恋だねとはおもうのだが。もしそれが純粋な生き方でなく。ノイズの詰まった末に曲がりながらもまっすぐに突っ走ったみちなら。あなたはわたしじゃなかったねみたいな結論になってしまうだろうし。

 

 適当に考えているだけじゃ意味はなし。青春の恋はノイズだらけ。でもそれがいい。彼らの恋はなんでしょう。なにもおぼえていないので彼らの生き方をもういっかいみてこよう。