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ふにゃっ

あの星のふもと、かたちが手を振っている

雑記

 わたしの問題はすべてあの時に収縮される。19のとき自殺できなかったこと。これが総て。

 

それ以前から死にたいとはいっていたが死ななくてはいけないとは思っていなかった。だが19のあのときわたしはわかってしまった。いま死なないといけないと。わたしの寿命はここだと。

 

わたしが本気で生きていたのならあのとき死ねたのだろう。だがわたしは怖くて死ねなかった。わたしがなくなる。別に生きるも死ぬもないに等しく感覚によってまるで生きているほうがあなたのいなければならない場所だと勘違いさせているだけなのに。わたしは半端だった。わたしとして生きていなかった。だから中途半端なありかを大事にしている振りをした。そうすることで生きているかのようにはみせかけられるから。

 

でも結局は死んでいる。生きてなんかいない。わたしは亡霊。何もかもの理由はあの時として。

 

わたしは死にます。自殺します。殺されてはいけません。殺します。わたしがやらないといけません。落とし前はわたしがつけます。だから安心してください。何も起こりませんから。

 

でもまだ死ねなかった。半端だ。みせかけに固執している。生きている振りをしている。

 

いつになったら死ねるのだろう。日記をつけても無駄だ。今日も死ねなかった。積もるだけ。

 

わたしが自殺してももし生きていたときは仲良くできるかもしれません。でもわたしは死んでいるのです。誰とも話してはいません。まるで生きているかのようにみせかけているのですから。

 

suicide。自殺の仕方はその人の願い。わたしはわたしの肉から脱却し不思議の世界、秘密の扉の鍵を。わたしになれる。もし出会えたのなら。

 

tumblrでsuicideと調べると文章がでてくる。救命ラインってやつか。死にたいやつにそんなのいらない。せかいは自分で変えるしかないから。必要だから圧倒的衝撃。他人が変えてくれるのならそんな考え浮かぶ前に生きているよてきとうにね。まあでも死にたくない奴がどうでもいいのに衝動的に死んでしまうのを防ぐには圧倒的に効果があるだろうからいいものだねこういうの。本当に変えたいと思うまでいっていないのに飛び降りるのに感化されて死ぬのはやはりあほうだ。だからまあいいだろう。

 

まあ自分もまだ世界を変えたいとはおもっていないんだな結局のところは。なんか少し楽になった。少しこの考えが溶けた気がする。かいていてよかった。なんか勝手にうれしくなった。あのこんなの要らねえよばかとかおもっていた文章は俺の心も軽くした。万歳。

 

結局のところわたしは感化されるあほうなのだ。わたしのなかでどうしようもなく想像する感化されまくり発情真っ盛りのおばかな少女と変わらない、っていうかまさにそれ。わたしは勝手に他人のイメージに囚われているだけなのだ。勝手に勘違いして自分の隙をそこで埋めて絶対的なものを作成し自らの生きるためのレーダーにしていただけ。どうしようもなく人間が弱いなんて解っていただろう。飯食うしsexするし考えるし呼吸する。わかっていながら囚われやがってこのおばか。弱いだけじゃ済まされないことなんかするな。弱さを噛み締めろ。弱さも美味しいだろほら。

 

自殺に成功したのか?

判らないが。tumblrの下りで心が軽くなったのは確かだ。よかった。ほんとによかった。