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ふにゃっ

あの星のふもと、かたちが手を振っている

文章

3  紙飛行機

わたしがもし生きられているのならそれはあの時拾った紙の切れ端に書いてあったなんてことない言葉のおかげかもしれない。
「あなたは生きていても大丈夫ですよ。わたしが許しますから」
どっかの映画のプロモかどでかい宗教ビジネスの端と端の隙間でほそぼそとやっている個人の宗教家の救いの言葉か今は知れないしどうでもいいが。あの言葉がなぜかいまもわたしの胸に引っかかっていた。わたしは救われたのだ。あのなんて事ない言葉に。

実際わたしは死んでしまった。もう生きられなくなってしまった。あれ以上言葉なんて発せられなくなってしまっていた。寿命だった。生き方の寿命。
死にたい。ただ死にたい。殺して。誰か殺して。
死ぬのが怖かった。生きたい。それでも死ぬしかなかった。それしか道がなかった。
実際死ねる奴ならもっと早くに凄まじく死んでいる。死ねないからここまで生き延びた。死にたいといいながら一度も計画すら練ったことがなかった。死にたいことにして自分は死ぬべき人間だから生きる事に懸命にならなくていい。そうやって言い訳していただけだと思う。
そういうことしか言えなくなってしまっていた。なにをするにしてもそれに辿り着いた。自らが創ったハリボテの絶対的存在に縋り付いていた。死ぬべき人間。あの時に死ねなかった人間。死ねばあなたは明日を迎えられる。今日と向き合える。だから早く死になさい。そうやって今日と向き合わなかった。ずっと昨日のままだった。今日を生きたことなんて一度もなかった。
だからどんだけ生きようともそうやって向き合えない自分を考えると死んでいると思う。次の生き方に行けず今の生き方はとっくに終わっているのに。腐っちまった生き方とオンボロになっちまった新品の骨董品の間でいつまでもぶつぶつ煮え滾ってやがる。なにもしていない。次の生き方に行ける時に誤魔化しやがって。どうしても腐っていくしかないのだ。

別の方法が必要だった。今までのようではもう進めない。あまりにも低くされど高すぎた壁。別のわたしに託した。ちがう思考なら超えられるだろう。そうやって紙飛行機に乗った。これからを生きられる、その場を凌げる紙飛行機を。

紙飛行機に乗ることは否定しなかった。あの言葉も影響したと思う。自分で自分を守ったのだ。これから先わたしがわたしを守ろうとして逃げることがあっても許してやってください。それはそういう状況の中で一番いい方法なのですから。わたしが生きるため誤魔化しでも限りなく弱く低い次元でも生きていくにはそれが一番保っていられた方法なのですから。許してやってくださいと。昔のわたしがそうやって魔法を掛けた。それの弱さから逃げないように。そういうものを受け止められないわたしのために。

そうやって弱く脆い紙飛行機を何度も乗り換えて。今もまだ飛んでいる。わたしはわたしが向き合って乗れるために常々魔法を掛けている。あの言葉に教えてもらったから魔法の掛け方、今日の生き方。
まだほんとに向き合えているかと、自分と今日と瞬間に生きられるかというと違うと思う。魔法の言葉がないとすぐにほっぽり出す。諦める、あまりに辛く重いから。
いまはそれでいいと思う。わたしってやつはそういうやつだから。いまは向き合っている振り。魔法の言葉に助けられ向き合えられる。
でも必要なんだ魔法の言葉。これなしでは絶対に今日を迎えらない。いつか生きることが当たり前になるまではそういうものが要るんだと思う。そういうのに助けられる必要があると思う。一緒に歩むっていうのが必要だと思う。
二人三脚でいいじゃないか。一人で歩けないなら二人で歩こう。二人で歩けないなら三人で歩こう。生きるためにはそういうのも有りなんじゃないかな。
死にたいとか死んでいるとか本当に思っていたのならとっくに死んでいた。生きたかった。誰よりも強く生きたいと思っていた。激しく叫んでいた。
生きるまでに掛かる時間、言葉、魔法。全部欠かせない。生きるのならば。なにかをするのに掛かる時間だって重要さ。いくら遅くともね。

紙飛行機は今のわたしにあわせて創っているからどんどん重量オーバー。どんどん乗り捨てる。
とても大切で、わたしのために創られたのに。そうやって簡単に捨ててまた乗って。繰り返す。わたしに地面は厳しいから。ほんの少し楽な空ならば少し息が出来るから。息が出来ないわたしには重要なことなんだ。どれだけ紙飛行機潰しても乗らなくちゃ生きられなかったから。どうしてもそうするしかなかったんだ。ごめんなんて言わないよ。わたしが悪いんだから。
でもそういう瞬間を支えてくれるものが余りに欠けている時には必要なんだ。そうやって生きて少しづつ充していって。わたしが少しでも息が出来るようになったらだんだん本数減らしていってそうやっていくうちに地面でもなんとか生きていられるようになったらわたしはもう要らないって。紙飛行機がわたしに与えてくれたものしっかりとさ受け止めて生きられると思う。駄目だったわたしをしっかりと支えて乗せていってくれた紙飛行機。わたしが生きていられたのはあなたのお陰。そう思うと生きるのって別に辛いことじゃないんだな。無理に生きなくても自然に生きられるようになるんだな。不思議なことに。
でも当たり前だと思う。本当のわたし自分になれたのなら不思議なことじゃない。なにがわたしでわたしじゃないか判った奴なら紙飛行機がやってくれたこと判るから。自分の中で生きているから。それを噛み締めると別になんてことないと思う。不思議なことなんてなくなると思う。全部誰かがやってきたことだから絶対に。

無理に生きる必要なんてなかったんだ。ただいま出来る呼吸さえすればそれでよかったんだ。もしも生きることを強要していたならば紙飛行機に乗ればいい。自らに背負わす必要なんてなかったんだ。紙飛行機が少し楽にしてくれる。生きるのを手伝ってくれる。そういうのに頼っていいんだよ。無理していてもそう思わないときもある。そうだって別にいい。存分に無理をすればいいのさ。でももう無理だと思ったのならそのときは休めばいい。頼ればいい。紙飛行機に乗って楽にすればいい。そういうのだっていいことさ。ゆっくりすればいいのさ。大丈夫だから。あなたがいるのなら大丈夫なんだ。

わたしもいつか紙飛行機になれたらいいな。そう思いながら窓から紙飛行機を飛ばす。ここは二階。風は弱し。誰の下にも届かないだろう。
でもわたしは飛ばし続けるよ。飛ばしたいから。今の本当だから。わたしはあなたを支えたい。まだまだであるし自らも紙飛行機に乗っているひとだけど。いつの日か。わたしがあなたの下まで紙飛行機を飛ばせるぐらいのひとになったならば。その時は乗ってください。わたしが支えますから。