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ふにゃっ

かたちだよ♡

ニュース

一日一文

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パワプロニュースの時間です」
パワプロ君でのニュースはなんともあるのかないのかなんともいえない感じで流れていくが実際形の骨は接触してないとなんの感慨もなし。ひとと時代と場所によるけれど生きていくとなるとそうは見ないとなる。見る、見ない。違うねうん。
勝手に神と名付け教わりそんなものを崇めるわけがない。胡散臭さときな臭さ。それぞれの独特の色と匂い。時代は常にいまを生きていると云う。罪と罰が大衆小説的な感覚で存在していたことを考えると頭が惑う。不思議と不可思議。古典という重さと深み(そこには大変な重層のなかにさまざまが詰まっている)という勝手な押し付け想像がわたし自身を戸惑いに押し付ける。今。いまだよ。今がただ行われているんだよ。それを知ろうね。てきとう逸らしの末に自らを自然に置いていくわたし。そうでない彼ら及び世間という層のなかはどうしてそう進む原因と理由があるのだろうか。それぞれにとってそうならざるを得なかった当たり前の普通のおはなしってなんだろうか。自分のお話は知らず知られずなんとなく詰まっているが他者という彼らはわからない。当たり前当たり前。必然性。圧倒的な必然性。みんな抱えている。それに恐怖する。殺されよう。殴られまくろう。わたしは肌を脱ぎ脱ぎそしてを生きてきた。でもまだまだ脱がなければならない。脱皮が必要。
身体を洗う。わたしは話す。ただ熱いと。
そういう話なんだろうか。みんなただ熱いと口から溢すだけなのか。それに嫌悪感を持っていた。記憶。嘘であり想像でもありでも今出会うならばわたしは気色悪いと嫌悪する。お口から火は溢れない。よだれがぼとぼと溢れている。ずっと溢れている。口の筋はよろけていた。
そういう思い込み。一緒。私は人。人間。人間は火を吐く。最初を以って生きている。生きる。死ぬ。やる。する。それを以って吐く。すべては当たり前。わたしはここにいる。それを知らないふり。

自分の目線。あの文脈にわたしを当てはめたならば特になにもない、まず最初に普通に消されちゃうそういう存在だね。そもそもそこにいないっていうから一体わたしはなんであろうか。言葉を話す理由はない。理由。そういうものじゃないんだろう。わかるところもわからないところもある。わかりたい。そうなの? ただ吐くだけ。当たり前のようにそれがそうだと知るからでしょ。彼らは自らの行動でしかなくて行動が為だからそういう場所があるんだ知れるだけでそのままそこに放ったらかしに自分はただやる。行動さんの原理。
想像ちゃんやぼっとちゃんはどうなんだろう。それはわたし自身であったりなかったり。ちょっと前は当然それだったんだけど今はわかんない。まぁ根という過去の積み重ねちゃんはそれだろうがね。そんなの関係なしだね。行動の積み重ねだかんね。ただそれだけ。
語り語り。語りは必要だから語り。そこはそうだと知らずとも別の引っかけにかかりそこに所属してなんか変な自らの吐きに少しだけ吐露してそうやって生きている。わからず当たり前のおはなし。わたしはわたし。まえを当てはめて当てはめて。昨日っていうあったという事にしておくお話をわたしは信じている。今は確かだからだから信じてしまう。本当にあったのかな。確かに溺れて。そこの道は確かの道。在るものは全て確か。無いものは見えなくなる世界。

でもそうじゃない。そこはそうだけどそうなったときはそうじゃなかっただろうし今もまた常々移り変わりそんなあほうな勝手圏外想像はばかな話でわたしはわたしを生きている。それぞれに苦悩と悩みを毒を其々に抱え勝手にやっておられる。そういう話。するな。せいにするな。なにもかもないから全部妄想。追いつけないからあなたの話す速さ普通さ当たり前さに。
すればいいじゃないか。勝手にすればいいじゃないか。そこはそういうおはなしなんだろう。全くの別の役、普通のお話なんだろう。わたしもわたし。わたしのお話。知るか。ただやるね。ただそんだけ。それでしかなくだから勝手にすればいい。そういうお話の連続でしかないんだからね。はい。