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ふにゃっ

かたちだよ♡

dear boy

一日一文

一日一文

抽出したい。あなたたちを抽出してわたしに還元したい。わたしとしてただ流れるテンポの土壌としてあなたたちを確かにしたい。わたしの意識は不確かながら区別をしているからそっちをしっかりやって次わたしに戻るときにしっかりとしたあなたにしておきたい。それが生きるもののせめて。生きるってそういうこと。生きるならば気触れなさい。生きないならばあなたはいないから、あなた生きてるのよ。

身にしみるということは辛いことで誰もがそれを嫌がり遠ざかり傍目の、それを傍観の意識の中に取り入れられないわたしはそれをはっきりと認識しない。あの野球選手も漫画家も幾多の逡巡と痛みのなかで戦い逃れそして戦場に立っているということを忘れてはいけない。その上で傍目にぼろくそに言われ賞賛されそしてプレーを続けているということ。わたしたちと同じ当たり前の人であること。それぞれの苦しみを抱えその表現の仕方が違うくてもなんとかプレーを続けているのだ。わたしも生きている。彼らも生きている。それぞれの空間で確かに逃れ逸らし向き合えないなかで生きている。それを忘れちゃいけない。わたしは生きている。悩み逃れ逸らし向き合えず生きている。だからこそ生きる。在るをひたすら、わたしの文脈で摂理でただひたすら悩み逃れ逸らし向き合えないけれどそのなかでそしてあくまでそれに突撃しているその心向きで。

少年は生きている。少年は大丈夫だと思う。何があろうとも自分次第でなんとかなると思う。わたしもなんとかなる。なんとかしたいと思うならば。
どういう囲いのもと育つのだろうか。なにを悲しいと思い痛いと感じるのであろうか。死に若くして怯え恐れ浸るふりを続けていたわたしはなにを感じ生きていたのであろうか。
少年へ
生きています。わたしは生きています。わたしの未来は生きています。
唄は聴こえますか。あなたを包み込むやさしい唄はあなたをまどろかせてくれますか。
せかいは決して答えをくれません。せかいにこたえはありません。そしてわたしは生きるから遠い意識を持っています。
少年へ
わたしは生きています。しょうもないこととどうでもいいことをとても大きなことと認識してしまうわたしですが生きています。
少年へ
せかいはわたしにわたし次第で案外なんとかなることを教えてくれました。わたしの思っているほどに狭く能力を制限するせかいではありませんでした。少しの苦しみに耐えて戦い凌ぎ続ければちょっとした進歩がみられます。50mも10秒台でも6秒台で走ることができるようになります。キャッチボールもできるようになります。ほんとうです。
少年へ
わたしはせかいとどういう付き合いかたをしてかというとほんとにくだらないものです。でもそれがわたしのような気もしますしだからといってそれがもつ言葉自体がわたしを制限するものでもありません。ちゃらんぽらんに言葉は今のほんとう明日の嘘になる勝手なものとしてただ生きます。それが今の生きる、ように感じます。
少年へ
なにもかも大丈夫です。絶対的に得られないものがほとんどですが。わたしのこころは絶対に確かです。瞬間のいまは確かです。それだけが道しるべ。だから歩きましょう。てくてく歩きましょう。寄り道しましょう。倒れこみましょう。あきらめましょう。そしてそらのうっすら確かなほしをみてまた再び歩きだせるきっかけを心に溜め込みましょう。
少年へ
わたしはここで待っています。ほしを携えて。
少年へ
生きています。わたしは生きています。
少年へ
あなたを生きてください。わたしもわたしを生きますから。
少年へ
ありがとうわたしの確か