卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

奇妙なる九回裏、居た堪れないメキシコ代表の喪失

9回の裏彼らは勝っていた。2点差ツーアウトランナー二人置いてバッターは小さな巨人アルテゥーべ。一発出れば逆転負け、抑えれば勝利という場面。マウンドには初戦でイタリア相手に9回5点差をひっくり返されたブルージェイズの守護神オズナ。今日もランナーを許し頭に浮かぶは先日の悲劇。メキシコのファンは胃をキリキリさせながら戦況を見守っていた。
  オズーナは打たれるわけにはいかない。母国開催で自らが二試合も試合を壊すなど言語道断。なによりも今日勝てば明日のプレーオフに望みを繋げる。そう二点差で勝てば二次ラウンドへの可能性が産まれるのだ。二点差であるならば。
 失点率。これが話をややこしくさせた。WBCの規定では
『三チームが同じ勝敗で並んだ場合、失点率の上位2チームによるプレーオフが行われる。その選び方として比較されるのが、「同一勝敗数チームとの対戦における、守備1イニングあたりの失点数」(失点率)。これが低い方を上位とする。』
 となっている。この計算の結果メキシコは二点差であれば対戦相手のベネズエラと比較して上位にいけると試合前に運営に伝えられていたという。だからこそ彼らは9回の裏エキサイトした。オズーナは最高の球を投げた。アルテゥーベはボールに押し負けた。ライトフライ。キャッチ。勝った。やった。球場は歓喜の渦。オズーナを始め選手たちは大喜び。勝った、勝ったのだ。
 ベネズエラ側は項垂れていた。敗北。ミゲルカブレラ、アルテゥーベ、ペレス、ヘルナンデス等最高の選手達が集まったベネズエラがまさかの第一グランド敗退そのうえ最下位。WBCはラウンド内で最下位になると予選落ちが決まる。野球王国とも云えるベネズエラが予選落ち。信じられなかった。
 ベネズエラは今回気合が入っていたというのに。解説のAKI猪瀬曰くベネズエラ代表はシーズンオフにも関わらずミゲルカブレラの音頭の下アメリカにてWBCメンバーが集まり自主トレを繰り広げていたという。WBCの公式プログラムをぺらぺら捲ると中南米のチームはどこもユニフォームがバラバラだというのにベネズエラ代表だけユニフォームをしっかり統一するという気の入れよう。それなのに最下位。
 国際大会の結果は明らかに地元民へ影響を及ぼす。どこの国も負けるわけにはいかない。自分たちが受け継いできた野球の灯火を絶やすわけにはいかないのだ。ベネズエラも明らかにその思いを背負って戦ってきた。いまかの国は治安の悪化によりメジャー球団によるアカデミーが数多く閉鎖にへと追いやられているという。その結果野球大会はチーム不足により行われなくなる。今まで数多くの好選手を生んだベネズエラの野球の土壌が途切れるかもしれない。治安の悪化。どうしようもない悲しい話だ。
だからこそ少しでもその灯を絶やさないためにも勝つ必要があったのだが蓋を開けてみればこの結果。項垂れるしかなかった。
メキシコも負けるわけにはいかなかった。地元開催で敗北。ファンは数多く球場を訪れていた。一試合目確信された勝利を落としてしまった。二試合目強豪プエルトリコにも善戦するも9対4。このままでは訪れてくれるファンに申し訳がない。うちのベースボールはだめだね。そんな意識を芽生えさしてはいけない。国の野球その威信をかけてプレーをした。燃え上がった。そして勝ったのだ。ベネズエラに勝利した。プレーオフの権利を得た。まだ俺たちは負けてやしない。必ず勝つ。それを心に滾らせて。

居た堪れなかった。日本の実況ではこのままだとメキシコが勝ってもベネズエラプレーオフの権利を得るのではないかと話されていた。三点差必要だと。9回の表に一点入れる必要があるのだとそうすれば順調に勝てばいいだけ。それだけだった。メキシコは点を取れなかった。
9回の裏日本の実況陣は現地ではこのままならばメキシコがプレーオフに出場できると報道されていると伝えてくれた。それっきりそういう前提で試合に接していた。試合全体の雰囲気もそうであった。メキシコ側はピリピリとしベネズエラ側は項垂れる。もう決まったもんだった。
奇妙な時間だった。どうしてこうなっているんだろうと居た堪れない。いま命を尽くして抑えようと投げ込むボールは自らの機会を締めるボールであるのだ。このままだと敗退するのだ。二点だけ取られて追いつかれたのを維持して延長戦で三点差以上を維持して勝つことが絶対条件であるのに。ファンも選手も首脳陣もみんな気づかず熱狂した。二点差で試合を締めると敗者がプレーオフにいってしまうのに熱狂していた。絶望への階段をうきうきと登っていた。
試合後もテレビではメキシコがプレーオフに出場できる、その証拠を画面に表していた。すんでのところで失点率が上回っている。そうなんだ。よかった思い違いで。あの奇妙な空間は気のせいだったんだ。彼らの研ぎ澄まされたプレーが自らの悲劇を生んでいたなんていうのは気のせいだったんだ。よかった。よかったメキシコ。あの熱狂が嘘だったのならばあの試合に参加していた全ては許せないであろう。声にならない叫びを胸に秘め暴れるしかない。それでしか消化されない事件だった。
それで終わったのならばよかったのだが問屋は卸さず悲しい現実をメキシコを襲った。ベネズエラ三位メキシコ最下位。これが事実だった。
メキシコ側とWBC側とのルール認識のすれ違い。これがこの事件の発端であった。
メキシコは一度サヨナラ負けを食らっているのだがどうやらそのイニングを失点率には概算しないというのだ。失点は概算してイニングはしない。なぜならそのイニングメキシコはひとつのアウトも取っていないから。だからメキシコ側とWBC側のイニング数は1つ違った。メキシコ18イニングの認識はWBC17イニングの認識で失点率1.056が失点率1.118となりベネズエラの失点率1.105を上まってしまう。一イニングの認識。半端なルールは悲劇を産む。ルールは何か不具合を起こすごとに修正していくというのが世の常ではあるがWBCは四年に一度の大会。いくら運営側がそこまでに意識を燃やしていないとはいえ携わる人々のこの大会への意識は本気なのだ。もう少し問題の起こり辛いルール編成を望む。

メキシコ代表の四番並びにドジャースの四番そして読売球団にも所属し代表の監督も務めるエドガー・ゴンザレスの弟エイドリアン・ゴンザレスはこの事件に怒りを燃やしている。彼もまたWBCに情熱を燃やしてきた男だ。WBCには一度目から皆勤賞。さらに今大会予選から参加したメキシコ代表に一流のメジャーリーガーである彼は出場していたのだ。並々ならぬ思い。あっぱれだ。
そんな選手を失望させることはあってはならない。くだらない。あんなもの出るのがおかしいんだよ。そういう意識を当たり前にしてはいけない。選手生命が削れるかもしれないのに身を呈してプレーする選手にはそれだけの環境を与えなければいけない。アメリカ代表アレナドはチャンスの場面振り逃げでヘッドスライディングをした。ドミニカ代表はまだ8回なのに逆転ホームランで選手達が湧きあがりホームで打者を迎え入れた。オーストラリア代表はキューバに敗戦したとき涙ぐんでいた。そういう大会に水を差すようなことはあってはならない。WBCだけではない。野球並びにベースボールがそうなのだ。熱くなってくれる者には最高の礼儀を尽くさねればならない。それこそが野球という奇妙極まるスポーツに熱中する我々が最も意識しなければいけないことではなかろうか。命を尽くしてやってきて全身全霊で日々信じられないプレーを繰り広げてくれる選手並びにその土壌に尽くさなければならない我々の意識ではないだろうか。だからこそたがが遊びであれどされど遊びされどスポーツされど野球なのだ。人々が作り上げたこの土壌に泥を塗ることはしてはいけない。最高の娯楽であらねばならぬ。そのためには忘れてならぬ礼儀なのだ。
起こったことは仕方ない。でもこの失望はこの行為では償えぬ。それだけは肝に免じて日々を過ごさなければならぬ。この試合で起きた居た堪れない九回の裏のような事態は決して起きてはならない事件だ。野球がもし野球で在りたいならば塞げなければならない事態だ。熱い者が熱い者でい続ける為に肝に免じて、それだけは絶対に。