卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

老人

一日一文

 

言葉はわたしを定める。捨てたと思ったものや通過したと思ったものやそういうのが密接に繋がってわたしになる。

むかつくし殴りたいし。勝手にそういうものにされているからむかついた。わたしはわたし。ただ歩いている人間。それを一つのそれらしきにされたからむかついた。殴ってやりたい。意味ないけど。

でも生きるってそういうもの。そういうものの連続で生きている。彼らのほうが生きているのね、だからこそある意味わたしはこの環境を享受した上で思わなければいけないし殴らなければいけない。非常にめんどくさくて馬鹿げていて、だからみんな言葉に載るんだろう。わたしもそうなっているしなろうとしてしまった。馬鹿げた話結局は。

自殺したものに憧れる。尊敬している。もちろん条件付きだけど。ある意味超えられぬ自身になってしまった時に死んだ者。その者だけをひたすら尊敬している。生きているものになんて何も思わない。馬鹿げた話。

実際わたしみたいな臆病者かつ行動弱者が自殺など遠い夢であって意味のないものであってだからこそ出来ずやれずされど引っ張られ続けているのでもしわたしがこの世界に生きられるのならばたった一つ。完全に自殺してされど生き残った場合のみ。

この奇跡的な出来事が起こった人々が街中をうろうろ歩いている。私は目眩する。あほみたいな社会だ。そんな馬鹿げたコレクションを一定にして神はあほなのだろうか。私は首を吊る。とうふの紐であったため全くもっての意味なしであったが。

超えられぬわたし。ずっとこの上でおいもを煮っころがしてそして死ぬ時に涙流しておわりだね。それを超えてなお生きられたらみんなこんにちはいえるけど。それまではいつまでもいつまでも引き篭もりを演ずる弱く脆くかおなしなわたしだ。

みんなどんな土壌で笑い泣き苦しんでいるのか。君の高度が気になるが。気になるで済んでいた。

考えるってなんなのさ。相手によたれかかるわたしの思考はわたしという生きるをなくしわたしは不透明でわたしを誇示せず、わたしはいない。いいの。だからこう。
なにもない。
わたしはいないらしい。
そういう存在。
それで良かった。
いいと思う。
いやと思う。
それに気触れていた。