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ふにゃっ

あの星のふもと、かたちが手を振っている

ブラウン管

一日一文

人はその場所をただ掘り続ける。止めるか続けるか。ただそれだけが許された人の選択肢だと思う。
うちの家にはまだブラウン管がリビングに残されている。本棚の横にあって何の用もないのに残されている。
早くよければいいのだが。佇まいを意識するならばもうとっくにリサイクルでもされていたであろう。だがこの家にそれを意識する人間はいないのだ。模様替えには誰も手をつけず噴出したゴミだけは掃除を続ける。フォームを直せば内容も変わるのだが誰もそれを理解していない。そういうあほな家族なのだ。
そう思いながらわたしはブラウン管の横に備えてあるこたつで温まっている。ブラウン管の画面にはレインが写っている。わたしをみている。90年代の名残か? 在るならば何か意味をもたらしてしまう。インテリアの一つになる。何の意味もないのだが。
コンセントを差してスイッチを押せば異世界に行くみたいな音を出して画面がつく。ザーッ。砂嵐はわたしに映像を見せてくれない。チャンネルを変えても変えてもいっしょ。ぽんこつなのか時々画面が消える。
まあでも。そんな砂嵐も砂嵐だからこそ誰かがなにかしているかもね。私たちが見ていない時に秘密の映像を流して。世界を揺るがしているのかもしれない。だからってわたしはブラウン管つけるってことはしないよ。電気代もったいないじゃん。ロマンはもっと大きくなくちゃね。
そういう訳で時代のおんぼろブラウン管ちゃんの行き着くところはどうしようもなく哀しくて。もうとっくにこんなところから消え去っているのが普通なんだろうけどね。私たちのズボラさが君を意識させる場所に置いているんだわさ。だかんね、Serial experiments lain やるときがきたらよろしくね。それが多分君の最後の使命だから。