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ふにゃっ

あの星のふもと、かたちが手を振っている

でか手袋

一日一文

 例えば頭を覆ってくれる程の手袋があったとして僕は頭に被って日々を過ごす。その手袋は市販されていて勿論コンビニでは売っていないが100円ショップなどでは普通に売られていて僕はそれをカゴに入れてレジを通した。店員は何事もないようにでか手袋だけを買っていく僕を見逃した。でか手袋を頭に被って中毒になって側溝に嵌まり込む人々が一時期トレンドになったこともあって社会に上手く接続している人が利用する場所にも恐らく売れていないにも関わらず未だに置かれていた。

でか手袋を適切な使い方で利用するならば人は何をできると云うのだろう。中途半端なんだ。子供の良い寝袋になる具合ならば親は100円で買えるでか手袋を喜んで利用していただろう。一発芸のネタにしか利用することの出来ないでか手袋は早々と商品棚から姿を消すべきだと喜んで頭に被る僕でも感じているのだがなかなかどうして彼らは粘り強く売られている。
息が篭る。頭が蕩けてくる。現代では100円で狂うことが出来る。なんて便利なんだろう。僕は感謝した。偶に起きる歪みが僕に奇跡を起こす。人は歪みにつられて足を取られる。僕は毎日朝起きたら即でか手袋を装着する。死だ、スパゲティの匂いが手袋のなかに篭っている。気を失う僕は昼手袋のなかで食ったスパゲティの匂いなんかに窒息の喜びを邪魔された気がしてえらく興奮した。怒り。それは夢の中で消化される。起きた時にそんなこと引きずっていたら楽しくないからね。
でか手袋を被りながら自転車を漕いでいくと身体のセンサーが鋭くなってきた。目は布に包まれているし耳はこもれているしこれじゃ今までの人類が育んできた感覚だけでは生きていけない。だから音波を感じるんだ。空気の圧を確かに感じながら僕は生きている。事故は起こらない。起こる僕ならばでか手袋は利用できない。警官がやってくる。でか手袋の外界利用は禁じられている。自宅にて適切な利用を試むことだけがでか手袋の役割だ。
「君やめたまえ」
「僕は潜っているんだよ。海みたいにね」
問答無用で警官は僕のでか手袋を外す。そして僕は窒息する。空気が強い。太陽は僕を照りつける。住宅だ。車だ。人が目の前に。
「空気を忘れたんだね。君は随分長いこと手袋のなかで生活していたんだな」
当たり前のアスファルトに屈み込む僕を警官は憐れんだ目で見つめる。
「君みたいなでか手袋利用者は日常茶飯事だ」
警官は僕の肩に頭を入れて引きずっていく。
「大丈夫さ。意外に空気は君を慣れさせる」
空気が強すぎたからでか手袋を必要したのに。
「僕でも生きれるから大丈夫さ。この僕でもね」
君の人生を知らない僕は君の言葉で安心できないね。そうして僕は何事も無く自宅に連れられて行き勿論でか手袋は没収されてそのまま僕は寝ることにした。明日僕はまたでか手袋を100円ショップで購入して何気なく外でも被りまた警官のお咎めを受けるだろう。それでも僕はでか手袋を被るしかなくそうでしか世界の境界線をぼやけさせられない。これが僕の方法。世界は歪んでいるし世界の歪みのでか手袋はじきに表からは姿を消すだろうがせめてその瞬間が来るまではでか手袋を被らせていただく。そう云う方法で生きることが許しを請うことが優しいのか厳しいのか僕にはわからないけどね。でか手袋はすべなんだけどもしこれがないならと思うとぞっとするけどあの警官の言う通り僕はでか手袋のない生活に少しの鬱の後慣れていくんだろう。それでもでか手袋があるいま僕は被らない僕を許せない。勿論いま誰かに自分自身によってでか手袋を制御されたならそれもまたでか手袋のない自分になれること請け合いなしだろうけれどそれでも僕はしない。なぜなんだろう。でか手袋はそんなに魅力的なんだろうか。どうして僕はでか手袋のなかでこもれ続けるぐらいになにかに犯されたのだろうか。忘れた。思い出した時には多分でか手袋は被っていない。
100円ショップでは未だにでか手袋は売られているし以前訪れた時と同じ配列だし僕はカゴの中に入れて普通に買っていく。以前と同じ店員はでか手袋だけを買っていく僕を咎めない。僕はビニール袋に入らないでか手袋を胸に抱いて自宅への道をてくてく歩く。通りかかる人は僕の様相をちらっと眺めるが特にでか手袋に心を奪われている様子はない。僕は自宅に帰るなりでか手袋のなかに姿を消した。頭だけ入っているんだけどそれはまるで全身包まれたみたいですぐにとろけてきた。僕は死ぬ。自殺する。そんな想いは果たされない。所詮100円では自殺はできない。紐もすぐ千切れる。スプレー注入も半身不随。夢を見よう。安らぐ夢。100円でも見られるやさしい夢。それぐらいなら100円でも可能だ。