卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

一日一文

「僕はここを罰としか思えない」

そう言って彼は屋上から飛び降りた。それは高い高いビルの屋上だったので彼の姿はすぐさま小さなカラスと判別しようのない黒点となって次第に地表にて日常を過ごす車群にまみれて消えた。果たして彼は本当に死ねたのかどうか勿論脆い人間が百階を超えるビルの屋上から飛び降りて生きられるなどという妄言を私は吐くつもりはない。それでも彼の肉体から意識を失ったことを確認しない限りわたしは死自体は認められない。ただその彼の恐らく木っ端微塵に散らばった身体を確認することは出来ない。この都市の地面には余りに死体に溢れている。みんな飛び降り焼死し溺死している。地表と私は呼ぶが原来人間が暮らしていた地面の上で呼吸することは今の私には難しい。先述した通り死体は地面に落ちる。都市在住の人々の時間はビルで消費される。高く積み上げた層の上に日々を構える。地表を歩かない。ビルからビルへの移動に車を用いるそれだけが私たちの地表。二の足でなど大地は踏まないのだ。そもそも大地はコンクリートに封鎖されているけどね。
ビルの中で日々を過ごすというのは空気が篭れる。実のある話など一つもなくただ創ったそれらしき話を盲信し掛けて掛けて掛け合わせて逃げようのないビルの中でただ話を続けていく。窓は開いているが都市の空気は重い。クーラーから吹く機械と潜む昆虫の匂いが空気を昏迷へと導く。会話会話。缶詰のパインは癒し。トイレに何度も行く私。便器に座り瞑想に耽るがドアはノックノックノック「腹が痛い! 早く早く」トイレは混んでいる。屋上で雲でも眺めよう。
「屋上かトイレか。ビルの憩いはどこにある」
違うビルもこのビルも度々黒いカラスとなり地表から屋上までの空間への飛行を試みる人間たちは自殺となりみんな忘れる。自殺自殺と文字は並ぶことなく彼らの机はすぐさま整理され別の腰掛け志願者の元へ移行する。車は地下駐車場に収納されており人々は事故を起こさないようただ前だけを見て運転する。死体死体死体。人の味を覚えた犬は車を見て吠えるが構うことなく車群は勢いよく走る。渋滞というものが都市から消えたのはいつのことだっただろう。肉片として犬に喰われる身になった彼らに拾われたのであろう。車たちは地下駐車場へ降りていく。人は地表にいない。ただ蝿と犬と糞尿が屯している。
ビルには立場が定められている。人は名前を知らない。部長は部長だし豚は豚。かつらを被ったじじぃもああそうですかと済まされる。そして自殺はない。居なくなった人々は何処へ行くのか。誰かに私に聞くものが居ても良い。私もまた誰にも聞いたことはない。みんな知っているのかだからこそ話さないのかもしれない。ビルは今日も日常運転。私はビルの玄関から外へ出た。死体が陽に充てられてとんでもなく腐りに充ちた匂いを漂わせている。コンクリートは見えない。人の肉が重なり新たな地面を創っている。地表に足をつけない我々は知らないがそれはどんどんと積み重なっていき次第にビルを倒壊させるだろうからその時人々は何を思う? 恐怖に充てられて自殺するのか。自殺は言葉を失った人々はそれを行なっても事実として受理されずただ何事もなかったように世界は続いていく。都市のビルは生命を失うが犬ども蝿どもは何事もなしに生きていく。別に何もない。ただ日常が続いていく。この土地の日々が止まらない。人は土地に名を認められない。それでもまだ私は混雑したトイレや飛び降り者が絶えない屋上にて息を零す。ビルの中では人間がただ要らない言葉を紡いでいく。土地に名を認められなくともわたしはここにいる。居なければならない理由。罰だ。私の罰それは一体なんだったのか。昔の話だ。私はビルのなかで当てはまっている。実のない思い込みに全てを費やしないとわたしたちはここ高く積み上げられたビルにて名を認められない。どうでもいい。自殺した。生きたいと願ったのは誰だ。私もからすも人間もみんな生きたいと願っているのか。こんにちは。この場所で聞こえない声。生命はコンクリートの下でもわたしもまた生きていてちょっと屋上でこんにちはと零す。からすは構うことなく地面へ姿を消した。さようなら。しっかりと呟いた。