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ふにゃっ

あの星のふもと、かたちが手を振っている

中身がないに怯える

一日一文

 中身のあるについて囚われて彼は中身のある人だと感じた僕はそれが確かでしかない煮こごりのようなものであると感じていたのかいないのかわからないというか思考したこともなかったんだけどだからそれに執着していたように思う。ただたまたまの選びが吸い込んでいる、学習して定着しているものの染み出す匂いが中身のあるを産み出して取り入れていないもの、適当に扱う者が中身のないになるのだろう。
中身のあるに憧れて、自身のなさに怯えて対策を講じてきたのはいいがそれは不自然以外に形容できず結局自身をただ生きるしかないのだと道が果てたときに思う。まぁ気づくために人生を費やするのだと、一つを請けてまた一つとやっていくのが個人の道であろうとそれでも欲張りか気触れた自身は何も充すことなく中身のないを呟く。
自分の中の物。ただ残し、それが出来ること自体が喜びであろうに全く不可解な言葉でお茶を濁し下手な泥沼へ頭を突っ込むそんな馬鹿げたお話がわたし。理解できぬ。
自身を信じられぬ環境であったのかなかったのか。自身の認知がとてつもなく傾いているのも確か。そうならざるを得なくとも今日と明日は違う。昨日と接続はしていても連続はしない。今どの選択をするか。ただ流れていくだけなのに全くそれでしかあり得ない君なんだねって言われるのが大嫌いだった。だから選択なんて言葉、嫌いだ。選択も今日も勝手に思い込むな。流れるとはいえ流されてはならぬ。流してはいけない。言い訳はいつまでも言い訳だ。言い訳とは認められない認められた君が流れていくことを望む。船や浮き輪に乗らずとも、木や空き缶にしがみつかなくとも生きていける何かが存在することを望む。川の上を歩き川の中も歩き流されながらでもおしゃべりしている君を望む。

これは前に此処で書いたかもしれない。少なくとも一度残そうとは思ったのは事実ではあるので文章の原材料だけは被ってしまうぞ、おいと書いておく。
自分は小説を選ぶセンスがないと中学校のとき下手に買っただめだめさんを何度も読み続けて思った。そもそも興味がない、縁がない、自身の道とは違うのに下手に構う要因を幾つか抱え込んでしまったわたしが問題ではあるのだからセンスもクソもないであろうとは思うのだがそう考えわたしは小説に断絶の壁を築いた。そんなもの築かなくとも君は余り読んできていなかったではないかというツッコミが自身で入るのは気のせいだ。
何も小説だけではない。センスは万物を持って知らされる。自身が選ぶという観点において感じるものは中身がない、だ。芯がないのだ。物を選ぶ。選ばれた、選ぶということは選ぶわたしが中心でありその外縁たる者が選ばれたそれなのだ。ひたすら外縁に積まれていく君たち。大好きだ。センスないけど。ふにゃふにゃでむにゃむにゃなおばかさんになる選ばれたものだけどそれが好きだ。
中身がないってそういうことか。中身がないことに怯える僕ではあるが中身を判断することは自身で出来ない。そして僕は選ぶという認識の空洞に自らの意識をおいているから中身がないということに苛まれるのかもしれない。中身なんて正直どうでもいい。そんなの要らない。だってそれはどうすることも出来ないポイントなのだから。
ただ生きなさい。それだけがわたしの問題を解決し苦悩させる核なのだ。いつまでもない、なくなる、それが一番の問題だと考える。
生きることは簡単だ。殴られて我慢して失神して放出して馬鹿になって足を滑らせて海に落ちて肉体をサメに食われて死ぬ。簡単だ。それに溺れていつの間にか意識がなくなっている。何かそれがとてつもなく嫌だった。逃れたかった。そうして消極的な行動を取り勝手に倒れて勝手に回復して勝手に振りをして勝手に目を逸らしていても時間は過ぎた。生きていたらしい。年は巡り五年経っていた。母に聞くと「ずっといたよ」と言う。逃れられたつもりになっていたがそうではなかったらしい。いつでもすぐ、わからないが訪れる。瞬間何もかもなくなる。生も死もこの言葉を発する観点からすると同じではあるが何故か失うことを恐れる。自身の外で謀られた当然が気を病んでいく。中身のない、あると同じだ。何もかもそうだ。生きるの上手いやり方はそれを上手く謀って乗っていくことなのだ。自身を包み込む言葉を目で測り足で乗り上手く突出したましな場所を選んでいく、なのだ。つまり、選択はそれの上の言葉。生きてはいても逃れようとする希死念慮にそんな言葉存在しない。ただ存在するだけだ。意識も肉体もその上には立とうとせずその癖存在していやがる。どうして在るんだろう。そろそろこの道は終わりが近いのか? 解らないでしかない。
そもそも勝手にしなさいが当たり前では在る。総てどうでもいい。そういう言葉は本当にどうでもいいと思っているならばいいのだが言い訳にしているようじゃだめだめだね。だめだめだ。勝手にしなさい。ほらね。
でもまぁそれを発するしかない現状ってことだ。まだましを常に選択し続けるんだ。今の選択は生きた選択。熱い時はあれだがね。普段はだめだね。生きていない。まぁそれでも勝手にしろ、だ。とにかくね時間は巡っていく。気は滅入るからどうしようもないなんて呟きたくないんだけどそうとしか言いようがない。いつか技術じゃなくて認識の問題でどうしようもないなんて呟けなくて思考できる時代が来たらいいんだけどね。こう、諦めるってやつはだめだ。自身がそれだけに時と場所で神経質に嫌う。自身がそれだけに自己嫌悪。まったくだ。せめて前傾でか。それもまた不安と逃れで出来なくなるんだけど。考えてはいけない。それができない。
囚われるということ事態に囚われる。じゃあ言葉を発せないじゃないか、存在できないじゃないかってそれは君がわかっていることでしょ。社会に別の存在に気触れているだけだよ。わかっているんだから確かに踏み出して進みなさい。そうでしかあり得ないんでしょ。だから話せるんでしょ。その言葉が。
思いきれ。踏み出せ。出来ないからね必要なのさその言葉。せめて自身らしく。発露できる自身だけじゃ本当いない以下だろうけどね。全ては歴史だし継続だし蓄積だけどまぁある程度はそれらしきの上で叫ぶかかね。知らんね。勝手にしろだね。どうでもいいさ。それが存在。生きるは遠く別に、だね。なにもかもそうだなぁ。まぁどうしようもないなぁ。ため息。

 囚われているなぁ色々と。しなければいけないにね。まぁ勉強料ね。仕方ないなぁ、生きているんだなぁ。ため息だよ。それしかないね。ため息。