卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

そう云うことにしておく

一日一文

なくなるってなんなんだろう。興味があるとかないとか以前にわからない。そもそも在ったのかなぁそれって。在ったとしてもなくなるってことを知っていたから何もかもがなくなる為の準備っていうかそういうもんで埋め尽くされているような気がしてならない。わからないね、うん。
悲しみや涙は熱き前提、が溶けたときかな。どうしても前線に引き戻さなくちゃいけなくて、浦島太郎みたいな現実と向かいあうしかないってそうなったら泣くしかないのかな。どれだけ準備をしていてもそれすら意味がなくてもう駄目だね。わからないね。色々囚われ過ぎて一体全体どうなっているのか、解らないところにいるから全然だね。
途轍もなく一面的だなぁ。方角が途轍もなく絞られてその癖それを宇宙と呼び自信満々なつっぱりを見せて別の交わった誰かに撃ち抜かれて立てなくなるんだよね。それが嫌だから色々と対策を練ってきた気がするんだけど子供の遊びでしかなかったんだな。撃たれるしかないんだな。運命ってそういうやつか。ふざけているよ。絞首台に真っ直ぐ行くことが一番の方策って虚しいよ。なんて、なんてだな。
全て嫌だから色々なものが生まれていつの間にか逸らした者からまた違う運命が生まれてと逸らし逸らし次第にうねり始めているかもしれない。運命か、運命かとそうなるしかない必然を逸らしてまた逸らしてどんどん細部に逃げ込んで行くんだけど時空の視点は限られていていつの間にかその細部が中心にいき次第に衰えて消えるわけだな。それの繰り返しで未来一体どうなるんだろうね。そもそも在るのかね、色々が。
在るものから、なんだよな。見えるものをただ置いて並べて、たまたま上手くいったものだけが認識されるんだよな。まるで在るみたいに見えるっていうのは中々なんだよな。其れだけで凄まじいんだけどいつの間にかそうでなくても存在できるように見せられる空間を築いたからそれも進歩だけど、まぁ適応かな、どうなんだろう。
解っているを話そうとして考えようとして発露しようとしてでもそれじゃ駄目だ。在ると確かに感じてきたけれどそれは自身が外縁に出てその上の愚痴を感じてきただけだ。ただ自身または世界に落ちている流れもしくは点を発していきそれだけが必要とされる。何になるんじゃない。なんでもない。したいかしたくないか、だ。その上で勝手に解釈されていく。拾えるものは拾い拾えないものは拾わない。ただそれだけをして残し日々が過ぎ去っていく。脳は狭い、個人は矮小だ。だからただ発露していく。凄く遠回しな考え方な理由は臆病でマリオネットに相応しかったから。せめて人間らしく。人間って云う誇りを持って生きる奴の地点は高いね。俺にそんな知能ないね育ててないね。要らなかったから。だからそれでも此処まである種存在できたけれど明日どうなるかってっとわかんないね。知らんね。ただ在るだけだね。
何事もただ在り続けてしまった結果勝手に解釈されてそう云うもんにされて祭り上げられるんだろう。全く別のなにか違うものをやったのか目指したのかそうなっただけで別に結果のような姿を思い浮かべたわけでは在るまい。だから自身もただ在り続ける他者から見れば何故か出来上がっている航路が其処に在ったと言われるようになりたいね。このなりたいねはお為ごかしだね。誤魔化しとか逸らしとかね。臆病者だからさ、うん。
そして撃たれるんだ。予想していなかった角度からね。そして死んでどうなるんだろう。なんか自分は胸を突かれたいと酷く考えているんだけど実際そうなったときのショックは耐え難く耐えられないだろうね。凄く興奮するんだけどでも怖いね。まぁでもどうであれなんてことないでしょう。所詮矮小ですから。幾ら世界を覆っていてもね、みんなそうだから個人の個であります。
まぁ思い込みだ。最初からなかったかもしれない。それでも在ったと云うことにしたから存在している何もかも。実際見えてないし触れないし聞こえない。でも見えた触れた聞こえた。そう云うことにし続けたから世界は今色を持って顕在している。カラスはあほーと鳴き魚はぴちぴたま跳ねゴキブリはこそこそ歩き回っている。そう云う世界に私たちがした。
なくなることは難しい。全ての法則は在るが為に造られていくからだ。説明できない。その世界の中心はない、と云うことにしなければならないからだ。そこを含めてしまえば在ることはできない。余りにも強大で直ぐ吸い込まれる。
自身は生きるをない事にした。中心を忘れた。つまり人ではなく所属する生きるの中の法則の中で外縁にいる。生きるこそが世界で在ることを理解していたのだ。
そして逃れ続けたは良いがそれ以外に選択肢など存在しない事も知りそうならばどうやって生きていくのって事だけど、其れはこう云う小さな思考、自身の矮小な理論では歯が立たずただ目の前の物質をただ並べていく事でしか成せないでしょう。つまり書くことは其れをただ遺していくことに他ならないから。まぁ日記です。広義的な意味でね。日記、書くの面倒ですから、色々な方法でね。わたしはこれかな。恐らくね。