読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ふにゃっ

あの星のふもと、かたちが手を振っている

劇場版CLANNAD

 視点のしずく

時代も今も過去も流れていく。果たして人は誰かに出会えるんだろうか。出会えるのならば其れはどういう人なのだろうか。例えばわたしを描くとき其処に君はいるのだろうか。流れているだけでは話されないだろう。其処にいる君は他と一緒でただアルバムの中で笑っているだけ。色々あったけれどその中の一つだね。
古河渚はまるで流されていく縷々転々の中、誰かが現すのことの出来なかった欠けらを纏って映される。短い九十分、次々と繰り返される想像と記憶の連続の中で彼女は姿を果たして保っている。如何して彼女は其処にいるのだろうか。居なくても何の影響もないはずなのに。如何して出会ってしまったのだろう。
全く縁のない二人。同じ夢をひたすら紡いできて男は其れを知らない。しかし何故か紡がれた二人はそういうことなのだ。全く別の軌道から人と出会い別れ何事も溢れていくなか描くしかなかった夢を、何億、それ以上の可能性から溢れる夢は時として同じ様相を描き出会わせる。軌道を交わらせる。
一体何を喪失したんだろう。得られたはずのなにかも持っていたはずのそれもいつの間にか目の前から消え失せた。何かが足りないと嘆き這って祈りを叫ぶしかなくなってもただないが目の前で無情に立ちすくんでいる。そして時が経ち顔を上げたときには何もかも遠くに行ってしまった。
繋げていくしかない。そんなこと何もしたいとかするべきだとかそういうもので成り立つんじゃない。やらなければならないんだ。少しの思いを捧げて支えて感じられればいけるだろう。それが如何していかないんだ。そうでしかいられないのか。くずだ。何になりたいんだ。こうなりたかったのか。そうだろう。哀しいがそうなんだろう。
色々なものがあった。父や母や友。それだけではない様々が潮流してきた。全てを憶えているだろうか。憶えている。話せるだろうか。話せない。でもそれを見てきた自分は一体なんだろうか。こうなるべきなのか、なってしまったのか。行き続ける限り其れを話せる権利など何処にもないが、だからただ生きると言うしかないが、やはり何か足りなかったのだ。私か環境か、やはり意思であろう。私を取り巻く大いなるわたしという意思が足りなかったのだ。足りないなんてふざけているがそう思うしかない。明日は知らない。今日と明日の為の意思になるよう過去が花咲くことを祈る。以上。