卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

ビデオレター

一日一文

 「未来のぼくへ。どんな大人になっていますか。なりたかった______になれていますか。もしなれていなくても僕は怒りませんから」
ドナドナドーナドーナ。子牛を乗せて。ドナドナドーナドーナ。荷馬車は揺れる。

 「おはよう今のあたし。よく眠れた? そして良く目覚めた? 光も風も空気も匂いも皆んな真新しく感じられていますか。身体の細胞一つ一つ目覚めていますか。今日は今日の新しいあなた。新しいあたしなんだよ。

十年後のあたしなんて今のあたしには遠すぎて全然想像がつかない。あたしは一人? 其れとも誰か素敵な人がそばにいますか。まぁあたしの事だからきっとまた色々な人に迷惑をかけている事でしょう。でも平気。問題ないよ。あたしは必ずあなたを応援している。
ではエールを。心から。
フレー。
フレー。
あっ、たっ、しっ。
がんばれっ。
がんばれっ。
あっ、たっ、しっ。
負けるな。
負けるな。
あっ、たっ、しっ」
わからない。
おもいだせない。
これはわたし。
「わたしはもうここにはいない。でもこの日のわたしはずっとここからあなたを応援している。たった一人のわたしへ」

 

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何やら噂がしこたまぬ絡むお人たちが私の未来だなんて想像できるわけがないし否定するのであろう。父を母を友を否定しひたすら逃避して籠る人は拒否。生きるとか死ぬとかそう云うものに今は例えるけれどそれ以外にも色々と拒否、馬鹿げた拒否、でも確かな拒否。そしてふざけた笑っていたかもしれない御身分に投じても気づかず拒否。時間でさえにそっぽを向く。つまりは玉手箱でも必要なのかもしれない。身分の服に首を絞める私であって欲しいのか。そんな話ではないのにそんな自分でいなくちゃ苦しいからそうなっていく。別にそういう話じゃない私も含んでいたのに結局は其れを自分と認めてなっていくお話。
一冊の本。まっすぐ歩く君。二者択一を選んで選んでいつしかその正答性が失われて全く別のお話に身を投じるようになっても逃れず結局は何かを選ぶようになった一つの道。何かを見て少なくとも何か、どうでもいいとか見えないとかでもいい、そういう回答を頭の中に抱えた君という物語。その正答性は例え罵倒するいつの時代の私であってもどうであれ頭の中では認めて話し出す事だろう。結局はここにいる私でしか選択できない靄を選んできたのだから。
昔のことを思い出して無理やり思い返して、道行く子供の泣き声や笑い声にどうしてそんな事で笑えて泣けるのだろうと思い返す私であっても。世の中は甘くないだとか大人は辛いだとか全く意味合いの違う言葉であったり、歳の同じぐらいの彼らの言葉に辟易としてそんなの苦しみではない、痛みではないと泣く子や愚痴吐く子に感じて実際自分も同じなのに次第に認知しないようにしてどうなったかというと何も話さない僕。実際は生きていて話していて感じられているというのにそうは思わない僕。
結局私の道をただ歩むしかなくふざけた君が本当の答え、本当の答えとは、だったのだけどそりゃあないよって思う僕はここにいる。
一冊の本。私の本。私は其れを読んできたのかもしれない。
「全部マシュマロとかホイップクリームで押し込めて残った君で君の本を診断したらどう思う?」
解らない。僕は今ここに居る。夢の中。ふざけた夢だけれども。僕が選んだ靄が示した先。なんて言うか存在出来て居るってことは如何にしても何かを認めて此処にいて居るってことなのに。其れでも否定し続けるわたしなんだよ。
仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人を愛する、物を愛する、自分自身を愛する、その為には、その為には……。考えていないくせに考えて居る振りをする奴の事をなんというかというと屑、其れに真性のと付く。人間はそんなに柔軟ではないんだよ。考えなくていいんだよ。ただ目の前のことだけしか相対できないんだよ。君の離れた思考は要らず、想いは要らず、感情は要らない。下手な完璧さ。其れが象徴、想像? 嫌な妄想だ。