卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

〈どこ、いつ、だれ、なに、かれ〉

一日一文

「やさしいんですね」
そう云う女性の言葉が私の胸を突いた。その女性の手には指輪が掛かっている。彼女は日傘を差してアスファルトの上に佇んでいる。お腹は少し膨らんでいた。

 


暴力とか暴言だとか悪意、敵意、そう呼ばれる認識する存在を私は認めて従いそしてやさしいって呼ばれる。そう呼ばれていつしかその属性も変容していき私はどうなっていくのかと言うと宜しくない存在になっていくことでしょう。
私を護る。私と言う意識を護る。ただそれだけのこと。傷は嫌だ。痛みは苦しい。殴ると話すと私は人を傷つける。私自身を、だ。
私は痛いと何度も思い苦しいと何度も思い、其れを経て最早痛いも苦しいも当たり前すぎる話で、其れなのにまだそのやさしさを維持するって一体どういうことなんだろう。結局のところ生きるってものを色々と勘違いしている。解ろうとしない。解る気がない。自業自得というやつ。
痛みは生きるの中で当たり前に含まれている。敵意も悪意も当たり前すぎて無いに等しい。無くしてはいけない。在る、有るのだ。忘れてはいけない。在る上でなのだ。っと考えている振りをしている私は一体なんなのだ。また今日も下手な砂遊びでふっと吹けば飛ぶ砂の城を私は主張している。
此処。この場所の定理。要は上で述べた、してはいけない、いけないという言葉。この言葉をいくつも重ね合わせる事こそが今の私という状況。プロ野球を眺めてアニメを眺めてお外を眺めて一日の大半を寝ることに使い目を覚ませる大地震で気づいてみればでぶって禿げて言葉を話せない残念なお人が其処にいるという話。そんな生き方。勘違いも甚だしい(であろうという言葉だけ述べられる身分。
言葉に揺られ過ぎだ。言葉なんてただの感想なのに。適当に落とす言葉なのに。其れなのに全く観点の外に位置付けているからこそ何か途轍もないものになってしまう。自分が一番積み上げていた何かによる観点、思考の空いた部分。其処に言葉を幾つも含んでいる。