卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

含蓄

一文

 様々な分類で書けないことに喘ぐ人々はその事実を愚痴る。締め切りとかスランプとか色々な事情が絡んで如何してか手が震える。言葉が続かない。その事情はただのさぼり。何処かで大切な言葉を忘れて君は消えた。其れは本当のさぼり。其れとは別に書ける自身を表した上で次のベクトルを求められて苦しむのならばそりゃあ仕方ない。そう云う言葉で嵌められる。でも其れもさぼり。一体どう云うさぼり。なんて云うか其処までいくと仕方ないんじゃないか。昔子供のとき周りに存在した属性を私と云う種が判断した結果に絡められているだけだ。其れはさぼりじゃなく因果? どうでもよい。
如何して考える、振り返る。そうと決まった過去なんて別に考えなくてもいいじゃないか。どうしなくても存在し続けるのだから執拗に震わさなくても、そんなことしたら何かが壊れる。大切な自分が歪む。とっくに歪んでいるのだが、其れでも其れ以上痛めつけなくても良いはずだ。この言葉は一体誰の言葉であろうか。自身の言葉ではない。誰の言葉だよ。解らない。
大切なものは生命。生命と認めたなにか。其れを考えても触れようとしても全く何も認められなくて考える場所じゃないんだろうなと感じる。そう云うものは自分じゃなくて他人の分野だったんだなぁ。崩してはいけない。自分に絡んだ砂の城を保たなければならない。そうだろうか? そう云う思考もいらない。
言葉が続かない。言葉がない。幼稚、乱雑、稚拙、緩い、存在しない。様々な恐怖が私に言葉のラベルを必要として沈黙が板につく。笑うにしても泣くにしても傲慢さが必要だ。負担と接続した反応を感情とは呼ぶはずもない。そうなのか。どうなのか。
子供は嵌っていくのが好きらしい。機械だとか歯車だとか時代に合ったお言葉を連ねて反逆気分に浸る青春さんもまたまたどう云う意思を持ち生きていたんだろう。考えたらわかった気にはなれるんだけどそう云うものに浸って安心してはいけない。何をしたいんだ。何もしたくはなかった。ただ寝ていた。満足。子供のときの続きだ。考えなくとも。
別に此れでいいでしょとそんなことないよのお声。感じる場所だとか思うこととか周りに残るものが此処の土地さ。別の土地に行くときようにひとつ鉛筆で乱雑な切符を残しておこう。あなたが持っているものはあなたが生きてきて触れることとなった彼らたち。言葉は大切? 感情は大切? その言葉は此れから私が生きていくに相応しく備わっているのだろうか? 考えなくていいよ。死ぬのも当たり前で傷つくのも当たり前で其れに触れ過ぎている人で一杯なのだから上手く其れを扱い良い絵をあなたは魅せることが重要。忘れずに。何が大切か忘れずに。えっ? 私の大切なもの? 其れはね、今。今備わっている言葉。其れを大切にし過ぎて恐れて怯えて怯んでさぼって誤魔化して逸らして忘れてはそんな感じ。何も見えない。対面的にはね。一人ならばなにもないの。其れでしかない。
「昔を根拠にして今を生きて、護るならば砂上の楼閣、逸らすならば狭い汚い部屋の布団の住人。どっちも一緒だね」
瞬間の言葉の観点って明日の私の糧になるだけだ。そう云うもんじゃない、そう云うもんじゃないし。私の観点じゃまぁ堂々巡りだ。そう云う場所でした。仕方なし。話すのも書くのも行動するのも嫌だった。現すことが嫌だった。嫌なのか。周りが自分より現すではなかったのか。対面的では変わらないじゃん。自分をとにかくやるだけ、其れではいけん。思い込みに過ぎん。暇な、ってやつだな。結局。