卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

伝わらないことに怯える(伝えようとしていない。話す必要もないのに。なぜ。

一文


解りやすい言葉の構造に反吐がでたのか越えられぬことを悟っている自分に嫌気がさしたのかは知らないけれど其処から離れた。遠く言葉を探した。見つからなかった。見つかるはずもなかった。自分の中の当たり前さ以外に存在するものはない。綴って綴ってその間隙が素敵と思うのは勝手だけどまさかその間隙が間隙故に輝いていることを忘れて持ち上げてしまうなんてこたあないだろうね。まぁ其れが普通にまかり通ってしまってもそうは問屋が卸さない道が僕には待ってるよ。

 

色々な調味料がある。胡椒でも醤油でも片栗粉(調べると調味料ではない)でもなんでも良いから僕の頭に振りかけてよ! 因みに僕は下手な焼きうどんに胡椒をくしゃみするぐらい入れて至って当たり前に存在する世間様の健康水準から離れていくことに快感を覚えるからそんな胡椒が大好き! 毎日布団の隅っこにこっそりと忍び入れて灼熱の熱帯夜を越えるお供として胡椒を役立たせている。胡椒ってやつは結構便利なんだ。僕が知らないことまでまるで経験してきたかのようにすらすら話しやがる。流石大航海時代に誰よりも輝いていた君だ。敬服するよ。
僕は考えるんだ。僕は数多ある調味料の中で如何してか胡椒を際立たせる言葉を連ねていくけれど実際僕は胡椒を友というより僕こそ胡椒そのものなんじゃないかって。なにもヤブ医者のザルな仕事を告発しようってわけじゃない。思い返してみれば色々合点することがある。歯ブラシしていりゃあ歯がガリっと削れたような感覚が時たまだし汗びっしょりな身体を見てみると胡椒が噴き出しているし目くそ鼻くそほじくって食うとぴりっとした味がする。間違いなかったのだ。何故誰も指摘してくれなかったのか。其れは周りのもんに胡椒がいなかったに他ならない。そう云う観点で考えると母の流し忘れた便器にはケチャップが溜まっていたし臭い親父の周囲には塩辛の匂いがぷんぷんしていた。ケチャップと塩辛から胡椒てか。何か凄まじいトリックが其処にはあったのだろう。ただ私たち学名人間。今まで恐らく人と認識されて生きてきましたのでやっぱり舐めたら辛いただそれだけの普通のお人でございます。例え胡椒であろうとも人間であることが第一であります。切られた腕から飛び出る真っ赤な血潮の味が胡椒、太い太もものお肉に下ごしらえ必要なし。そう云う利点を考慮して将来人類の敵とも云うべき存在となった牛の食料戦略に胡椒人間が選択される未来が来ようとも現在の私を食うなんて野蛮なことは考えないでください。だって私はあなたと同じ人間なのですから。共食いは色々と弊害が生まれてくる代物ですからね。理解してください。



自身が今書いていることや身体を使い話すことに与えられたものの全ての役割、性質は一体なにであろうか。こう云うことは昔や最初に振り返れば一番容易く理解できるものだしつらつらと日々並びに時たまつぶやき思いかたちに残して述べてきたわけなのだから今再び同じことを連ねることは必要ないと思うから書かない。実際本当にそういったもののかたちを確かと認めて現存させているかと云うと解らない。述べられる言葉っていうやつは結局自身が運営できる代物であるのかってことが一番肝要であるからだ。自分自身を扱い使っていく。言語を使用する意味。かぶれている。教育の果ての篭ったものの特異性。個人と覆う言葉の霧。
つい昨日やり終えたシルバー事件と云うpsソフトにこう云う一節があった。あるジャーナリストもどきが時たま訪れるバーのバーテンダーとの会話。


「たとえば日記を公開したりするでしょう?
自分自身と自分の周囲の世界だけを表す言葉を散りばめて…。
本来そんなものを読んで正しく理解できる不特定多数の読者など存在しない。
けれどそんな自分だけの言葉を理解して共感してくれる読者を想定して書かれている。世界中の誰しもが見られるネットに本当は誰にも理解できないことを書き記して公開しているんです。
それはメッセージですらなくて主張でも自己顕示欲でもなくただのつぶやきです。
でもそれが必要なんでしょうね若い人たちにはね」
「それをよく読んでるあんたも…」
「ええ。病気ですな」

此れを見たときはどきりっとした。シルバー事件で一番嵌っちまった会話だ。そう云う積み立てかただった。此処であったりTwitterであったりそう云うもので生きてきた。何処か影があり静まっている寂しい形成。自分の生き方を残されると何か感じてしまう。
伝えたいってなにを伝えたいのか。伝える言葉に誘惑されて若い子は大人はわかってくれないだとか程の良い甘い言葉に吊られて捌かれたりとか様々な歪んだものを見せる。ただ当たり前の歪み。自身の程度と人類の程度等に誑かされて人間個人所謂思春期中年期老年期。他者からすればどうでもいい人生を送る。
自分の中で抱えるはずだったもの、それしか存在し得ないもの。ただ一人だだっ広い原っぱを惚けた顔で鼻水垂らして走っていく坊やが如何してか家の中テレビや家族や電話の諍いに耳を塞いで机の下に籠るってことが存在する現在。色々な術や理由で絡んだ繭が主張の方法を教えてくれる。別にまだ鼻水垂らしてお腹壊してあぐらをかく時分だけど少々明日へと繋げる為に少しの犠牲は仕方ない。鼻水垂らしはそう云うものが当たり前ではないから焦り愚痴を言い物を殴る。失敗作。ただの鼻水坊やは鼻水坊やでしか居られない。将来は精々汗水垂らして社会を支える奴隷さんとして頑張ってくれ。応援しているよ。
「猿に棒を。知恵を。別の物の賜物を君に授けよう。筆が必要なのだ。個人の中にあるものを示すための筆が」
色々な理由がある。何が其れで違うのか解らないほどに絡んでくる。全部単純だ。其れでも僕には解らない。今しか解らない、今は解った気でいなくちゃおかしくなる私だ。
結局筆なんだ。文化にしても思想にしても物質にしても倫理にしても自身を使えるならば、なの? 多分違うだろうからここら辺で終わり。話がこんがらがってきたのだ。ただそれだけ。



此れでも解りやすく読みやすい文章をこころがけている。理解できて不自然ではなくてふわふわ浮いている、そんな感じ。
自分の確かさ。自分が示すことができる程度。其れに基づいて生きていく。今はそう云うことを考えてはいるのだが其れはやはり篭りの思考。外に出たらとにかく吐き出すことが求められるね。ばんばんあるものをしっかりと捉えるために大きな声で色々と傷つきつかせて生きていかなければならない。忘れたり覚えていなかった様々な逡巡、所謂ドロドロに身を焦がさなければならない。そう云う位置。仕方ない。でもどうせそうせざるを得なくなる。ずっとそんな予感。