卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

自分の生き死にまで人に任せるなんぞ大した甘えん坊だ

ヴァンドレッド

 

定説の決まったものをただ見ているのは私から遠いからかもしれません。そう云うことを考える必要は生きていくならばどうでもいいのだけど何処かで色々なものが見えているなか如何してか選択したのは当たり前の理由があるからです。だからまぁ、余り破壊せずされど普通に生きていくこと、それが肝要? さぁ。


「自分の生き死を人に任せるなんて甘えているよ」
「誰もそんなことを思っていない。そうだと思い込んでいるのは君自身だ」
「街に行け。己を知るため。仲間こそ己を知る鏡。仲間を作れ。人を知り己を知れ」
「周りが生きようと必死になっているなかで君はどうする? 身を縮こませて終わる時をただ待っているだけで良いのか。変わらない。其れを知っているはずだ」
「頭が良くないから頑張るのしかないのです」
僕は僕にあるものをただ確かに逃げなくとも済む当たり前の対面と直視してやること。生きるならばやること。それが今必要なことだと思う。
人に甘えている。甘えん坊さん。そんなことは分かっているけれど自分の為している今現在もまた甘えん坊さんな行為だとは認識していなかったね。そうだ。甘えている。将来尽きてなにかに押し潰されることを期待している。期待。他者だ。そんなところに意識がある僕。自分自身で為せる場所。そこんとこを当たり前に生きていく普遍を実現しなければならない。
思い込み。個人が生きていく上でどうしようもなく判断して生きていかなければならない、そんなことはないかも知れないけれど結果的にそのような生き方をしていた人生。しかし、それは脳内、私の身体の中でしか為していない妄言でしかないことに気付くべきだ。勿論他者と接している中で勝手に定まっていく話でしかないのだけどね。ただ排出する自身だ。そうであるべきだと生きるならば私に思う。
生きるならば街に行くべきだ。己を知るべきだ。
生きるならばやるべきだ。自身をただ表出するべきだ。話さず話せずただ端に座っている、勿論発露の先ならば話は違うが、そうでないからこそその言葉に過敏になるのでしょう? そうならば、生きていくならば、やるときにやるべきだね。
僕もそう考えて動けるもんじゃないから、考えると止まってしまうから、とにかく肩肘張らず自身を表出できるような環境を作っていく。インフラってやつは大事だ。


ヴァンドレッドってアニメはなにか名前に貼られた言葉に少し目を留めてしまいみることとなったアニメ。そうなったらみる他なく実際みると一話で男だとか女だとか少し感覚的に古い文脈で語られていてこの感じの基盤で感情が表出されていくならば見続けることは出来ないなぁと感じて第2話副長さんの当たり前の言葉で此れはいけると見続けることとなった。 ヴァンドレッドの一話はこの作品の世界観だとかを代表する名刺でそんなものを見たくて見たわけではない僕だからこそ二話以降の書き手の当たり前の表出は心地が良かったのだけど。その観点は少々かぶれている。
まだまだ遠くおちゃらけた僕ですので見当違いもいいところだけどアニメとしての表出、わざわざ世間様に混じって金と人員と時間を掛けて為されるアニメだからこそ其れに耐えられる理由がいる。僕としては当たり前の人の声だとか思いを見たいが故にアニメ等自身が目として世間に向ける物質が存在しているんだけど、それって普通生きている中、人生の中、社会的構成員として人々と紡いでいく話でアニメを見ようとするときには存在していない箇所なんだよね。だからこその”理由”。でも僕にそんなことは解るはずもない。そこんとこの当たり前に疑問だとか嫌悪感を感じたからこそ拒否したわけなんだから。
そう云う事情を絡ませてヴァンドレッドに貼り付けられた一つの文句、『あなたは憶えていますか? 思春期のときめきを…』っていうのには越えることを半ば拒否した私には苦笑い、微妙な感情を抱かざるを得ない。
六話の現場リーダーちゃんの話だとか俺、越えていないから書くことは出来んよね。まだ個人の中で他の要素は身体の中に染み込んでいない。個人だとか自身の中で育まれている大したことないことに執着するしかない、なかったような生き方をしてきたから。ef一期の電話かけかけ少女への少女漫画家boyの熱いレスポンスだとかもそう。グワーンと来るね。甘えん坊さ。坊やさ。願っていたこと、本当か知らないけれど僕が欲しいと願った他人ってやつはこうなのかね? 弱く愚かしいよ。其処を認めんとね。
今まで未来だとか大きくキャラに依存する私だったけれど。生きていくならばの話。今の自分の観点としてもっと冷静かつ自然に入り込みすぎずしっかりと認めてアニメ等みて言葉としたいなぁと常みながら思う私。因みにヴァンドレッド。生きている。良い。其れが似合います。今の経緯で見たからこそ感じるポイントは今少し表出してきた文に現れているけれど4,5年前だとかみるとどう云う感情を抱く自分がいるのかなと感じたり。まぁでも一話でノックダウンかな。昔は乗り越えられない自分だったからね。少しずつ色々と見られるようになった。進歩、退化? どうでもいいね。ただ生きるべきだね。はい。