卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

生きていく中で。人として。

機動戦士ガンダムV  第9話  旅立ち

 

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うぅぅぅーーー…ってな感じの良さとか本編が終わりいつも通り流れるEDが如何してか感情を持つ展開に久方振りに巡り会えた。
取り巻く環境、自身の道のり、時代の要請、ぶつかり合う思惑。生きていくとどうしてもその様なものが纏わりついてくる。個人の思考とか感情だとかその様な妄想の中が本当にはならない。だからどうしても下手な迎えたくない場面でさえ当たり前の様に迎えるわけで。そうせざるを得ない私たちの巡り合わせの感情がここに発露を感じた私はこの話を良いと感じました。


まぁどうもしない時間が有れば出来る限りガンダムシリーズを観ようとしている最近の私は今はガンダムVを観ているわけです。父だとか友人だとかまぁ半ば程度の友人ぐらいならば識っているけれど別にその様な文脈に浸かっているからこその当たり前はガンダム様にはなかった私なわけです。まぁ一般教養的な所です。観ておかないと生きていく上で気持ち悪いものを感じてしまうのです。そんなもの忘れてしまうぐらいの圧倒さと忙しさがあったならば観ることもなかったのでしょうけれどあいにくその様な所に身を置かなかったのか逃れたのかな訳で観る私が存在する訳です。いやねなんか惹かれてみたGのレコンギスタが面白かったのでね。あのセリフ回しに囚われている面が大きいです。
その様な距離感な私な訳ですけれど、良い話も好きな話も幾つかありましたけれど。ガンダムVのこの話はなぁ。自身に於ける何らかの象徴てな訳にはいきませんけれど、瞬間の煌めきが此処には存在したと思います。少なくとも一瞬たる一記事に残しておかなければ自身が腐ってしまうのではないかと考えるぐらいにはそう云う血が此処にはありました。
いやね。僕自身の此の作品と云いますかシリーズとの距離感と自身の生きるに於きまして思うことはどうしようもなく時と云うものに絡められた人間と云う箱とその箱の一群と一群に関連する別の一群によるどうしようもない変化、揺れ動きって奴。個人たる私は存在するし生きているし考えて思って動いている訳だけどどうしようもなくよたれる道なんて存在すら夢で生きる為にはただ下手な動きで行動し続ける他ない。私に纏わる全てがずれて歪んで損失しても気付く為の思考や思う為の思考のスペースでさえ停滞して意識することが出来ずただ発露しながら生きていく他ない。今言葉にして残すならそう云うものを私は私としてのガンダムシリーズに思います。感じます。
まぁそう云うもんだろうだとか目を離した内とか記憶に値せぬと意識してしまった部分も大有りだから正しさは帯びていないけれどガンダムVもそう云うもんでだからこそ第9話の様な現実の視線も当たり前な訳で。
主人公のウッソが少し意識してしまう文通相手?のカテジナさんが理屈の問題で自分たちの敵と位置付けた陣営を行動の主としてしまう。其れはウッソ達にとっては裏切り行為であり、何らかの感情をカテジナさんと云う姿に預けていたウッソは大した言葉も吐けずにカテジナさんと離れてしまう。そんなカテジナさんはウッソ宛に最後とも云える手紙を彼の住居の机に置いていく。が、其れを最初に見つけたのはウッソと一緒に生活をする女の子シャクティな訳で。シャクティさんは手紙をポケットにでも入れてウッソが現れても彼に手紙を渡すことはない。嫉妬というほどのものではない。しかし如何してか揺れる部分は存在している。ウッソはカテジナさんに何らかの感情を預けているのは事実な訳で。家族だとかその様な友愛の感情? ウッソにはその様な感情を預けている筈のシャクティさん。そんな彼女はカテジナさんがウッソに残していった手紙を如何とも思えず当たり前にウッソに渡せることは出来なかった。そんな状況の中でウッソはシャクティが当たり前の様に拘っていた自分たちの暮らす土地ではこれ以上生息することは出来ないとシャクティに話す。敵様に見つけられた土地で暮らしていくなんて言語道断だと。ガンダムに乗る運命に巡り合わせたウッソには平安な場所此れからは存在しない。だからこそそう云うことを知っていたからこそ当たり前の様にシャクティは何処が自分たちの生きていく場所なのかを世間に示していたのだけど残念ながらその想像は叶わなかった。だからこそ泣いた。ウッソはただ外でその様子に立ち会わせていた。ついさっき完全に敵の陣営にへと移動するカテジナさんと出逢ってしまった上でシャクティに残酷に近い事実を述べるウッソは家のドアの外からぶっきら棒かつ歯切れの悪い調子で語る他がない現実を抱え込んでいる。今までと今とこれからと。混ざり合う他ない現実をただ生きている。

 

此れから如何なるかなんて知らないけれど概ねこんなもん。EDが如何してか息するアニメは良い。其れこそ世間の当たり前なのさ。

 

 

 


ガンダムの話だけど此処まで書いたこととは脈絡ない話。ガンダムVにはエヴァのエッセンスが感じられる場面が存在した。ウッソに黒人さんらしき女の人(名前忘れた)が説教する場面にミサトさんエヴァと離れようとするシンジに叱責するような感じの組み合わせね。ただそれだけ。
ガンダムzzにはリヴァイアスKanonシスプリのエッセンス。リヴァイアスは中盤辺りにシャングリラのメンバーが揉める辺り、Kanonエルピー・プルと初めてジュドーが出会いデートする話、シスプリはお兄ちゃんって云う感じね。直接的な糸通しが存在したのかなんて知らないけれど似たようなエッセンスは確かに存在するようには感じられた私(まぁ何処か時代の要請的に当たり前のように発露したかもだけど。
そんだけです。