卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

日々

 次の方に移行する前にちょっと引っかかったニュース

 

www.asahi.com

 

僕も高校一年生までは野球をやっていたのだけど。まぁ踏切ではないけれど。駅のホームとかね。あこは誘惑があるよねー。駄目だよね、ちょっとしたことで死んでしまうからね。この子の状況は違っただろうけれどね。でもどうしてか死んでしまった青年(高2っていうお年頃は青年が適切かな)のように。自殺にしても、なんにしてもそうせざるを得なかったからそうせざるになってしまうのか、それともな話? それならばやはり私は下手な格好は下手な格好として認識する他なかったのか。

 まぁ分かるさバタフライエフェクト。そう云う話も当たり前さ。だからと言っての話さ。ここでしょ? 私の居る場所。

 別の方法とか思考とかあり得るのかな。それならば今までに消化した感情はどうやって居残って居るんだろう。どうしても自身にあるものは残っているし時間は何方にしても一緒だからね。消化するものはどうやって決めたの、僕もあなたも。

 例えば感情込めて。話や噂や行動や。様々なものが絡んで認識して切り捨てて。その中で勝手に話し込むんでしょ? 忘れるはずはない。覚えなくていいと思っただけで。ただそうして生きていった結果。今の私に生きていったと綴られることを肯定せずとも認めた、認めなかった私はその時に存在していたけれど。やっぱり自分として扱える程度で生きてきたけれど。其れでは駄目と社会はいう。そう勝手に決めつける私はいう。ふざけた話とこじつける私はいう。其れでは駄目と私はいう。

 もっと傲慢に生きていきたいね。そんな話ではないけれど。結局あるんでしょ私の中に。ある癖にほったらかして、そんな馬鹿。お遊びさ。お遊びにしかせざる性格。馬鹿げたお話。いつも同じことをいう。