卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

私の身体

ぼーと目を瞑りながら夢想しているうちに眠る

 

自分自身が囚われたもの、囚われなかったもの。存在したもの、存在しなかったもの。見たもの、見なかったもの。その他様々な肯定と否定。その連関が一体どのような仕組みで、私という存在に絡ませているのか全くもって不思議だからこれ以上の言葉は続けられない。
一つ私は小説を読むのが苦手だったという話でもしようかとこの導入を試みたかたちではあるが成功したかどうかは余り興味はない。一体私が何を考えて、どのように思考に肉があると判断して、世界に表出するのかの仕組みを考えることもまた興味はない。今興味があることはと問われると特に何もありませんと答えるのが日々のかたちである。
〈言葉は余りにも広すぎて、僕は真っ赤な嘘ではない碧に謝り続ける〉
何がどうなってこうなったのかを、こうなったというのは小説を読むことが苦手だった理由に直結する問題と繋がる話である。上の下手な括弧に包まれた言葉にならざるを得ない私の思い込み、社会、家族の要請、それを請けた私の性格からくる選択、その末の一つ。理由を簡潔かつ滑らかに述べられる思考、問題と答えが直結した考えをまだ私はこの域に於いて製作することはできない為一つの理由をいくつか並べることでお茶を濁したい。
例えば真面目。例えば潔癖。例えば消極的。例えば、例えば、それが続いていく私の幾多な理由。
真面目で潔癖で消極的でなんちゃらでなんちゃらでなんちゃらだから私に言葉を吐き出すことも紡ぐことも嘘をつくことも出来ず口にチャックもせずぼーと開けて日々を過ごしてきた。
小説が苦手なのもそう。真面目で潔癖で消極的でなんちゃらなんちゃらだから私は並ぶ言葉をただの言葉ではない障害として乗り越えることは厳しかった。
「其処はもしかしたら私個人の領域だったかもしれない」
簡単に言えばパラメーター。ある部分がもう少し深かったり浅かったりしていれば私はドラマを見続ける人間だっただろう。実写映画に浸る人間だっただろう。小説を読み続ける人間だっただろう。人を無意識的に今以上に迫害する人間だっただろう。
私はそのもの、読む人、書く人。会ったことはない人なのに嫌なものを感じていた。どこからその気配を感じていたかは知らないしそもそもどうしてそのようなものを悪いだとか駄目だとか自分自身、誰にも備わる感情を評するのかは分からない。色々と外れている。
少なくとも今まで私がやってきたこと、みてきたことは全て私の世界だ。何かを肯定し、否定し、取り入れて、迫害して、無視した存在、私の選択の全てを司る私自身の肉体の強度にしか為せない行為だ。それに嫌も良いもないのだろう。だから私は判断しない。言葉に示さない。それが美徳なのだ。
忘れたふりをしよう。見ないふりをしよう。そうすれば通り過ぎる問題はいっぱいあるのだから。
そんな話は罷り通らない。だからどうすれば良いと思う? 私自身の思考では生きていけずなんらかの自身では許容出来ぬ現実が迫ってくるのに私自身の判断ではどうすることも出来ない。人は自分自身の判断でしかモノを為せないというのに私自身の判断では生きられないとするならば潔く死ぬ、それをできない私は最早嘘にまみれて生きていくべきだろうな。
『そもそも希死念慮と云う囚われ自体ある時代ある部分あなたが接せられた領域の流行物でしかなかったのでは? それでいれば生きるを感じられるあなたにとって唯一無二の速攻物だっのでは?』
その通りであろう。全ての私の思考を私自身は眠くて覚えられない。何が正しいとか正しくないとかふざけていてもそれに囚われなくてはいけなかった。ふざけていようともだった。

 

話は変わるようで変わらないと思うが私は私自身に囚われているから分からないが世の中には表面的に希死念慮自体は話題に上がらない人間が存在することを考えると唖然とする。世の中はよく分からない。かたちが話すと全くもってかたちなしだ。

本を読むと、昔を思い出そうとすると、嫌になる。嫌な気持ちは消すことができない私だったからこそ下手な思考を張ってなんとか世の中に気づかないように私は生きているのであった。どのような非難を浴びても自分自身の張りを壊すことがあってはならないようだ。それを一つでも失えば嫌な気持ち人間がまみれて倒れて動けなく私なのだから。嫌な奴と出会うと大変だ。篭りで人生を終了させるのか? 生活もあるぞ? どうする気だ、どうなるんだ、分からんね。世の中外みればなんでも出来るというのにね。僕は自分自身を規定しきった気に浸って、こんな思考も馬鹿だ。よくわからん。やっぱり殴られるのが一番だ。こんな私を殴る奴も殴ろうとする奴も今はいないからこそ殴られないのだが。


皆んな思考の中にて緩さもきつさも選択していくから、本当に私として生きているのか、何を選択してこうなったのか覚えている気もするのだが。少なくとも私は何かを羨む気持ちはあっても其処にいる人の道を聞いて、拒否したからこそ其処にはいないわけなのだ。噛み締めて眠る。