卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

今日自宅に来たものたち

日々

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 漫画やDVDに仰々しい言い方ではあるのだが今の私という生命生活に於いて彼らに対して当たり前のように"物"として扱えるほどの私の形成は為していないので上のようなタイトルになってしまった(製作者と知り合いであったり友人ではないかたちであるし、自身によるものではないのだからやはり中に入るまでは当たり前のように"物"としての感覚で接することがより良い読書体験に繋がるはずだから私はそのようにしたいがまだどこか自身に甘えた要素が含まれるため残念ながらそのように接することは今、出来ていない)。

 さてさて今日彼らは賢くされて生存するGoogleさまで検索したところによると恐らく東京、ダンボールを見ると千葉と書かれているから千葉、おおよそ515キロ程度をトラックに載せられて色々なものを経由してクロネコさんの大きな負担に加算したかたちさんの注文に基づいてやってきたわけなのだ。二つの漫画は書店で購入する気でいたのだが二つの本屋では目視で確認出来ず残念ながらという言い方もおかしいが大手ネット通販様にて注文して彼らは家にやってきたわけなのだ。つい先ほどね。

しかしかたちはまだまだというか0の生活を送っているわけだ。それは余りに人間ではない生活であるのだ。もうこれで良いという、そんなこと思わずとも思考してきたふりを続けてきたわけだ。
別にそのような話があるわけではないがまだまだかたちという人間には存在しないはずものを利用した振りをして、其れを続ける振りをするところから逃げられていない。かたちは考えるわけです。かたちという名前も存在もまた、まだまだ私という人間にとっては遠過ぎると感じるからこそ少々浮いた感じで生活してしまうのではないかと。それを認められない自分がいるからと。
さて話をやってきた彼ら三人について振りましょう。全くもってよく知りませんっていうのは当たり前でこれから知る彼らですがそれでも選んだかたちの理由について書いていきましょう。
哀しみのベラドンナ」。僕去年か一昨年か手塚治虫さまの記念館に宝塚に恵まれたものですから立ち寄って知った手塚治虫さまのエロティックな面、まぁもちろんそんなもの知っていた程度のかたちの知識ですが、その映画三部作の一つみたいですね。本当かどうかパッケージの裏見れば分かることですがかたちは見ません。本編を見てからどうするのか勝手に決まることでしょう。
手塚治虫さまのアニメ大人方面の方はそんなものは求めていないかな? と考えただの置物知識として過ごそうどころではなく今には自身のぶれにならない程度の位置には存在しますが、かたちが読者登録させてもらっているブロガーさんが載せていた「哀しみのベラドンナ」の絵にぴかっと惹かれて頼んでしまったわけなのです。なぜわざわざ借りたり誰か持っている人に頼んだりネット配信で観たりしないかというと現時点のかたちに人や店から借りられるような所まで生きることが出来ていないのです。もうやれるものならばする気でいっぱいなのですが今までと今は前方で述べたように全くもってふわふわと言葉ではない言葉を身体に携えてよたれながら自身とは本来その時点では出会わないものに無理やりかたち側が見ようとする、ふざけた生き方をしていますから。だから、まぁ観るためにはこのように購入する以外に今は道なしなのでした。最近はネットで見ようと思えば見られるようになんとか自分で出来るようになっていますからネット配信に存在すれば見ていましたけれど残念ながら哀しみのベラドンナはなかったのです。少なくとも軽いかたちの調査ですが。
「銀河の知らない子供たち」。何もかも惹かれた瞬間ものにしなければなりません。それ以外に人間には何も出来ません。かたちはそのことを理解しながらも目を逸らして生きてきました。かたちとしてのそうならざるを得ない、外から見れば別に問題外の事象に引っかかる振りをし続けていました。しかし、もう。そう考える部分はどうであれ含まれるこそなんとか購入したのです。惹かれたから。
「月曜日の友達」。これもまたそう。細かいこと、自身との関係は述べません。今のかたち、この位置のそれを述べちゃうと自身の行為の連続が溶けちまいそうですから、また今度です。存在すればの話ですが。

まあ概ねこんなもん。直ぐに観るわけではないが、またいずれ。では。