卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

様々と存在したい

瞬間的

世界というもの。地球という星の世界ではなく私というものが認識できる世界。
恐らく私という生物はこの世に生誕してから今日という地球的に短い日時まで継続的に存在していた。だからこそ若気の至り的に世界に飽きて呆れて一つため息をぽつりとついた。
実際様々な物質が存在し、青き海原に禿げた頭、大地に立つ人々の並立、その中の僅か一人私。
人間は自分自身の問題を解決すべきという。解決できる問題に直面すべきだという。つまり私の全てということだ。
本当のところ、私は私でしかないので分からないが、人の認識できるポイントというのは皆が皆大体は似たようなもんだろう。ならばどうしてこれ程までに人は違うと思い込む?
仕方ない。それが人間ってやつなのだ。
ただ土地と領域が違うだけさ。人は自分自身を叶えるべきだと思うよ。君の領域は君にしか解決できず、私の領域は私にしか解決できない問題。だからこそ仰々しい問題を解決するお話が世界に五万とあるわけ。それだけ其々はしっかりと生きているわけ。
セクシーボイスアンドロボという漫画がある。僕はそこにある中学生女子のセリフが好き。彼女はいたって普通の中学生女子でありながら生活の影では当たり前のようにテレクラで日々お金を稼ぎながら自身の耳を鍛えている。そんな少女、スパイになりたがる少女。彼女が最初に出会った問題、彼女しか気づいていない事実。私しか知らない。私が動かなければ酷い結末になる。だから彼女は動き問題を解決する。その心を私は好き。
僕は世界の歯車として生活することに凄く拒否感を示して嘔吐感を催してトイレにこもり電車の座席に座り込み自室のベッドの上に寝転んで今日という日を迎えたがちゅんちゅん名を知らぬ鳥の鳴き声に惹かれたつもりになって整備中の二階の部屋ではなく玄関を開けて外をみると空は薄くしらんでいた。中に入ってくる空気は私が21年間生活してきて馴染んでいるから言葉にしないけれど好んでいる酸素を緩やかに含んだ空気だ(一ヶ月前ほどにかたちは一歳年をとったことになった。ある年の誕生日パーティの名目の9月16日にちょっとした揉め事があってからかたちは恐らく歳を取らなくなった。行事というものはしっかりと人間であるために必要だ。行事を失ったかたちだからこそそう思う)。
生きるためには私でいなければならない。しかし私でいることは難しいことなのだ。かたちも私でいるために篭ってしまった。篭らなければどうしようもなく嫌な私として生活しなければならないから。それもまたありって話、肯定できないね。世界は実際なんでもありながらしっかりと自身をつむいでいかなあきまへんのでね。
さてさて私は私として世界の歯車という言い方が正しくともしっかりと生存し生活した私として少しずつ行為と名称を身体に絡めて日々を費や出来るような気がしている。母が昨日僕は凄まじく浮き沈みが激しいと述べたように残念ながら今も昨日も明日もかたちはただの篭り。それは変わらないが、そしてただの自身の思い込みでは生きたくないと考えるかたちではあるが。しっかりと土地と共に、認めた私と本心から認めている世界で吐いた息を世界の旋律に絡ませて私は家と塔と飛行機と星と雲と世界と存在したい。それこそ生きるというものなのだ。そのために出来る限り頑張るという文字面通りに少しずつ近づいていきたい。というわけでかしこ。なんじゃそらって感じのかたちでまた今度。