卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

ハーモニー

ハーモニー、日々、読書

 

ずっと読書し続けると書けなくなるんじゃない? そんな気分に苛まれるぐらいなら書けと俺は言いたい。
伊藤計劃さんが記したハーモニー。伊藤計劃さんは読んでいなければならないらしい。僕は高校二年生から僕自身の環境と僕自身の生きるからは離れた生活を送っているから何も知らずネットの住民のちょっとした声程度しか人を知らない(それは知っているとは私は思わない)。だから何が小説で小説でないのかというそのような説明群を身体に携えていない。其れを持って生きていくことは私には出来ないと思った。私は私自身を護れるほど私自身の行為によって積み上げてきたものが強いとは考えなかったから。弱かったから。
そのようなわけで離れた部分で出会ったハーモニー。この小説の表紙にはいくつかのパターンがあって僕はその中で一つの表紙以外とはお付き合いを遠慮する。そのような拘り、僕は重要と考える。
一度20ページにもくだらない程度に読んでからしばらく離れていた。なかなか良い雰囲気を纏っていてそのまま読むことがよろしはずなのに私は暫く遠ざかっていた。別に何が悪いわけでもない。一冊一殺をする環境を整える程まで至っていない僕が悪いということだ。
昨日か一昨日か、そう一昨日からだろう、読み始めたハーモニー。今まで家に溜め込んでいた本を全て収納していたカラーボックスから出してその横のまだ収容されている未読の本群の中で息を潜めていたハーモニー。僕は一日一冊大手通販サイトからやってくる本を読んでいこうかな、図書館とかも利用してさ、って考えていたけれど今手元に新しい本もなく、出会いもなく、ならば家に残っている積読で読みたい本を、ってわけで二冊選択。ページが少なく料理しやすい弱冠15歳かそこらで出版に至った乙一さんが記した『夏と花火と私の死体』(調べると16歳の時に書いたと書かれていた)を読んでから読み始める。
僕が今ハーモニーを読み始めるまでに集積したハーモニーへの情報。百合。其れを念頭に置いて読む部分もあった。
僕は全く手を触れようとはしないものの知識としては知ることの出来るetml(etmlと文字を打ち込むとハーモニーに関するものだけが並んだかたち記憶のGoogle検索。実世界にあるものはhtmlだった)にはアホの一つ覚えでよだれが垂れる。能の無い犬はよだれを垂らし口をぼーと開ける程度がお似合いなのだ。
僕が購入した古本ハーモニーに付く帯には早川書房さんの広告コピー、"活字の想像力"という言葉通りに作品の想像の力に頭はヤられる。僕は自分自身の想像への傾注に浸り過ぎてえらいよっちゃ音頭でも展開しなければやっていけないと馬鹿げた想像を現実にしようと日々を過ごしているから想像というものを現実と天秤かけてくだらないと考えている。しかし確と区別をつけて理解すれば私を纏う言葉以上の何かを世界に残すことも可能かなと私の脳は思う。
自分と直接と感じる存在でない限り現在においてなんらかの効果を発さぬと双曲線に考える僕は作者の経歴なんて昔ちょっと擦ったwiki程度にしか知らないけれど勝手言いますが想像や欲望の部分のロマンティックな調味料、なかなか良いですねな文章付随する。
虐殺器官を読んだ時にも感じたこと。其処までの文章の連なりに比べて登場キャラクターの今存在する位置に対する主観人物の反応がないまま進んでいくこと。此処は少しまだ書けるけれど書けていない部分で物語として何本も書けば良くなるところだから、まだまだもっと良いものを書けるはずだったのに作者さまはこれ以上は続けられなくて残念という気持ち。もっと面白く素晴らしいもの、見たかった。