卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

何の薬もない話

音も自然の光も薄い深夜、人工の光が薄く浸透する雑多なリビングの床に伏臥しながら、一つに纏まらない作業にぼーと時間を費やしていると涙が出そうになった。
僕は変わった。一日一日変化を続け、今を過ごす私。かなり変わった。
私は知らないが、世界は私が何処か別の場所に存在するとき、その場所に立った私を滑らかに見つめる。私はその時点での私を見極められて汗が頰を垂れる。勝手に私という価値が定められているようで嫌になるから、出来る限り評価の舞台は逃れるように生きてきた。
私は一体何を求めて生きてきたのか。私はそのことを知ろうとしなくとも知っているが、現時点での言葉の世界に彼らは上ってこないので今は言葉に出来ない。いつか、そうでしかない言葉を、私が彼らに与えて、彼らが自然に上がるその日まで目を瞑り深く眠りについておこう。
私は私自身として纏まっていく。私はプロ野球を見ることや、性的なもので様々な不安を逸らすことや、風呂や食事を必要でもないのに行使することで何かから目を逸らしていきてきた。そんな私の人生は限りなく決まっていく。
最初から何もかも決まっていて、私がどのような選択を行うかで、私は決まっていく。私の人生、人間を認められていく。
私は人に言葉を与えることが億劫だった。だから、人に言葉を与えない状況で生きられるように思考を張り巡らして生活したが、その生活に自ら耐えきれないようになって17歳で引き篭もった。
引き篭もり、何も出来ないしない自分は死ねば良いと、そんな考えを抱きながら、一度も自殺の道を試みることすらなく時間は過ぎていって、二年経った。
希死念慮の破綻。ここまで私は破綻しなかったが(何しろ生存している)、私が定めた「私」という生物は何度も破綻し、再構築を果たしている。人間というものがどういうものなのかなんて誰にもわからないが、人は次第に少しずつ、私の肉体に縛られて生活する存在でしかないと私は考えている。
私は涙を流したことが少ない人間である。幼少期以降、数えるほどしか泣いていない。
小中学校時代の同級生によく涙を流す気の良い女の子がいた。僕はそのような女の子、世間に位置付けられる教師が褒める行為を為す女の子の涙に気が惑んだ。僕も泣かなければならないと考えた。悲しまなければならない場面で悲しもうと懸命になるのだが、涙なんて一つも流れたことはなかった。
まだ私は文章の連ねに成功していない人間だからまともなことを何も残せないのだが、私がどういう人間かと云うと、上の文章で述べたように、振りをし続けた人間であるといえよう。
今日も一つやってはいけないことをした。相手に向けた自分自身の言葉の嘘を世間にばらまいて、接合性がたった一人私の中だけで嵌らずに話は当たり前のようにどうでも良くて、消失するのに、私は覚えている。私がついた下らない嘘を、私だけがいつまでも覚えているのだ。本当にくだらない話なのに嫌になる。
しかし、全ては関係なく、自分自身が関わっていく世界と言葉の闘争を果たして、一つの言葉が連なる世界を作っていく他ない、それ以外の言葉は存在しない、だからこそ毎日、日々頑張りましょうって話。人間は人間でしかないからね。考えても分からないことは、考えなくても分からないから、とにかく動きましょうって話。では、また。