卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

時をかける少女【詩】

kakuyomu.jp

俺は何者であろうか。私は私のしていることを人にでも可能と考える。私は私のしたいことをするために、あの行為は誰にでも可能という思考を挟まなくてはその行為の重圧に身体と精神を秘匿させるためにそのようにした。そうして、逆説的に誰にでもなんでも出来るという他のもの、私にとっても負担がかかる私が今世界に存在する。

 引き篭もりだから忘れていたのだが、余りにそのものの下敷きが多過ぎると、誰にも見てもらえない。私は私の今の下敷きの下で生きることを気に入っているため、ずっとここにいるかもしれない。そうすると何者にもなれない。作家にはなれない。

 僕は下敷きの上に登る作業をしている。その結果どうなるのか僕には分からない。

 

 時をかける少女という詩は、細田守版並びに原作時をかける少女等の様々なタイムトラベラー関連の物語を、相対性理論というバンド等の世界観を通して、かたちとして表出させた詩です。

内容は

『俺は今を生きている。今以外を覚えていたら、今日に生きるに精神が苦しくなることを理解したから最近は今以外は覚えなくとも済むようiPadのリマインダーにスケジュールを書き込んで、生きている。
精神が苦しいと日々は生きられない。でも実際どのようにかして、当たり前のように生活する人々がいることを五年半ば引きこもった俺には分からない。
分からない私からすれば、出会わない、通り過ぎるほかない私からすれば彼らの存在を異物にする他ない。彼らも生きているというのに。喜怒哀楽があるというのに。
そんなどうしようもない距離感を時をかける少女という名を借りて為した詩。』

です。

 

時をかける少女』、よろしくお願いします。