卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

此処

色々なものを認められない私。そのくせ認めなければいけないという風潮を身体に薄く纏わせて、言葉が続かず目を左右上下に惑わせて身体を斜め後ろに引く私は一体何者になりたくて人前に立とうとしたんだろう。
最近は文章が続くようになって、色々なものを少しずつ文章として現すには認められるようになってきた。昔の私は本当に毛むくじゃらのささくれた神経を纏わせて生存していて、何も書けず話せずそれ故自らで苦しみ堕ちて引き籠りに至ってしまったのだが、今はいったいどうなんだろうか。私はいったいどこまで書けているのだろうか。文章ということ、私ということを理解していない私には分からない。
誰にでも、生存している限りは、歪んでいても、ささくれていても、何やらの生存の理由があるから、明るくとも暗くとも、進んでいこうとも退こうとも、人間の欲望は多種多様だからなんらかの人間は私に引っかかってしまう。その原理を理解するためには人がいっぱいいるところに立ってられる私がいないとどうしようもない。目の前一人、私と向かい合い、それぞれの思考感情哲学を測りあい、全くもって合わないわって言って別離、それから先は人はこの土地に存在しないという話で生きていけば苦しくて死ぬ。だから色々な人がいるところに私が立てるように生きていけばいい。
私は気が狂っているし世界の条理から逃れ遠ざかろうと逃げる感情の部分で考え固執してきたから、本当のこと、自らの情念に叶うことと出逢えるはずもないらしい。らしいというのは今の理性的、文字面の情報だけで語っているだけで、今ここに居るiPadの文字盤をすらすら刻み込んで居る私にはそんな話よく理解できていないからだ。
此処のブログが生存して居るはてなさんの看板にて存在しはたはた眺めている高校二年生の不登校少女は自分自身の様子をぱさぱさなんとかブログに書き表している。高校一年生の最後で学校に行かなくなり、ほぼ一年後留年した私が一学期の間だけ無理やり通って、結局続かなくなって、もうそこから親や友達や学校が教えてくれていた道を逃避して、だからと言って何かをするわけでもなく、実家自室のベッドの上でぼーと寝続ける毎日が私には展開されていた。昔から自分は何処か、何にでも良い、友達や親や日記やブログや掲示板やコメント欄や知り合いや仏像や人形等に自らの何かを話すことなんてしていなかった…いや、祖母には少ししていたのかもしれない。ただそれ以外には話していないなぁ、祖母は初めの不登校期間中に亡くなってしまったからね。確か甲子園で横浜のコーコーランという冴えない外人投手が五回までノーヒットノーラン級のピッチングで抑えていた阪神の能見投手に投げ勝った日辺りだったね。そのような記憶も携えている。
俺は21歳まで肉体は生存してきたけれど本当になにかを語ろうとしても、常日頃から私を私となんて認められず、私は今此処にいますなんて言葉にしようならば槍という槍を天に掲げる熱帯地方の少数民族の様式をもった私の細胞によって滅多滅多に刺されて存在を許されなかった。
私は私を認める為に時間を費った。青春や若者の特権をそのように費った。私は自らのことを弱いと断定して、そのような私ではこれから先待っている世界に私が大切に思っている私自身への誇りがぎったんぎったんに踏み潰され、ガラスとして散った誇りは総てを忘れられ、私はただなんてことなく世界に浮かされて、揺り籠から墓場までの生命として朗らかに終わる、それに耐えきれなかった。どうでも良いとか、大事だとか、私が思っていない大切を大切にして、どうでも良いことを大切に祭り上げる矛盾に、私の能力は追いつかなかった。生きる糧のために日々の時間を費やする当たり前とは少々遠い甘ったれたお坊ちゃんの私には世界の道理を身体に染みつかせずに歳をとっていたから、引き籠りになった。
なにか脳は生きていくことを拒否する。物事を愛しなければならないらしい。今の私の目標はとにかく私の喜怒哀楽によって世界とお話しすること。愛とともに生きられなければ何もかも続かないし、嫌なぶくぶくとした泡とともに生きる生活、僕が二十年近く過ごしていた世界に生きなければならない。私の頭の中で生き感じ死ぬ世界。何年もいたから、わざわざその場所に定住したくない。女の子と仲良く抱き合いたい気持ちがあるからね僕は。自分の頭の中を世界に定着しても生きているやつはいっぱいいるんだなぁってエッチな動画を見続けて気づいた僕だからね。皆んな生きていたんだ。知らなかったよ。だから引き篭もったんだよ。まだ、何も分かっていないんだけれどね。