卵の殻保存同盟

落ちた鈍い殻はとてもおいしい、と思う

…とのような記述を残していたかたちではございますが、お話上手になりたいわけですし、今の感慨を此処に残しているとなにか将来あぁあのときはなんてよい感覚を私は持ち合わせていたんだ、僕はこのような記述で満たされた私という人間が好きだなぁと一人自室のタブレット端末にてふふふとほくそ笑むことが可能な為少し書いていこう。変化の間の記述こそが世界を美しく感じる第一歩ではあるまいか。もちろん此処ではなく私のノートに書く事もありだが、やはり私は私の生活というもの、未来今人権倫理といったものを切り売りして生活していこうと少なからず決意の念という嘘の出っ張りが私中に満たされている為此処に記述するのだ。自分のノートに書けるほどの世界観に私は生きていない。今の私は社会に出ること、いや昔から言葉を漏らしたり誰かの連続の中には立ち続けているだけでなにか成し遂げている人間だからこそ個人的な話の理解としては日記もまた此処で行なっているわけなのだ。もちろん他者の虐げには耐えられる人間でもない。

 さて私が自身で感じる何を書くかというと。四年か五年か引き篭もりという名に似た生活を送ってきたため、少しずつどうすれば私は私を認めながら生きていくことが出来るのだろうかと考えながら、生活しているわけなのですが。私というもの、かたちという人間は引き篭もる前は自分には帰属意識というものがないみたいなもので悩んだ振りをし続けていたわけなのですが(もちろん自室だとか、誰にも目に見える阻害されることなくされど生きるに支障がきたさない私というものが一つの属した私)、四、五年自分自身というものを見ることを拒否して今もまた見ることを半ば拒否している自分自身だからこそ、自分だけの軽く見えるもの、考えるくだらないものはあります。

 僕は自分は生きていないということにしています。しかし肉体も心も今の連続に侵略されているのは自明の理です。僕は21歳です。子供のコミュニティーに入ると奇っ怪な目で見られる大人です。かたちは人の言葉の連続に生きることを嫌い、外と思った自室にてこうべを左右上下宇宙空間にへと振り続け、なにか世界が、私が生きると思い込める世界が存在し、立脚し、生きていられば良いのにと考えていたのですが何も変わるどころか、せめての行為内以外に何も存在しない社会の劣悪と呼ばれる身分に自ら陥れようとしているだけのようです。その瞬間はいつ訪れるのでしょうか。いつ訪れてもおかしくないようです。

 僕は小説や漫画やアニメや映画や絵に何か自らの夢を咲かす空間が存在すると考えていたのですが、それもまた生きる空間のようです。そう、生きる空間!

 人が人と繋がり、人の言葉を話し、人の感情を吐露し、なんでもない此処にいる私の行為によって傷つけ犯し喜び笑う空間。

 四、五年の引き篭もりからどうなるのかは置いといて、何か見出さなあかんなぁ、暮らせんというのは怖いからなぁと考えるかたちの視点はそういうの。人しかいないよ、雇われるっていうことは! 人と共に暮らすっていう視点ならば!

 なんか今日コトリンゴさんだったかなぁ、まぁ一人のお話ではないんだけれども、母の精神充足みたいな意図あいをつけて飯をたかるかたちさんは車にとことこ揺られながら車内流れるラジオを聞いていたら悲しくなったのよ。素晴らしい音楽、私という生物の維持の連続、如何であろうとも何か連綿と何かに成り立っていくものしかない、其れが人間の社会で生きるというものなのに、自らにより創設に至らず、他人が作った飯によって食わされる連綿とそうなろうと考える俺を考えると悲しくなった。絵も文も言葉も音楽も楽器も行動も政治も倫理も感情も人間も何もかも存在しない俺にとっちゃあ人が為す社会は皆んな、やるだけで間隙の虹色。それなのに、世界はそうではなく、人の連綿の中で何か私を決定づけられる。私の内面の美しさなど、多くの人の内面の連綿の前には無意味だ。皆んなそういうものは当たり前に備えているから必要ないんだ。そのことを考えると何か自分という人間は本当にしょうもなくて、あぁ世界ってそういう仕組みだったんだ、って21歳の人間として日々気づいていく。私が認知可能な私の周りの世界の仕組みをどんどん理解していって、俺もまた自分で可能な自分という個の仕組みとして人々の網の中に上手く入り込んで、その世界で喜怒哀楽を発揮して、老化と共に自分の全てが減衰していって、人が死ぬことが当たり前の世界に立ったとき、死ななければならないことを理解して、認めて死ぬんだなぁって以前とは違う感覚で世界の仕組みを感情込めて語れるようになった自分は一体何になりたいんだろうなぁと考える。皆んな一人一人なりたいものがずっと永遠にあるけれど、其処までに自身を立脚することは大変で、大体の人が幼児、児童、思春期、青年として生命を送り続けて死ぬんだなぁと考えると、俺はそうなることが嫌で、俺は俺の地域になることが嫌でこうやって引き篭もだたんだなぁって確立しない言葉を吐く。僕が僕自身を語れるなんてまだまだ早い。正解なんて理解できる年頃じゃないんだから。

 僕は僕のことを何もない人間だと思う。全て始めるだけで全てを為す世界にいるんだから。でも、それでも何か自分のやりたかったことを思い出しながら、熱中して大きな柱を自分の中に立てて世界に立脚できたら良いな。それで、小中時代の今や繋がりのない彼らやお世話になった先生や家族やその他もろもろに僕はこうやって生きてきたんだよって教えられたら良いな。僕大好きだったんだ。僕のあの時、町に二つしかない小学校が一つになって平日毎朝バスでとことこ運ばれる一年と重い荷物背負って三年間、計四年間のあの時の感情がさ。

 まぁ今はとにかくこれ以上は書けないね。書く感情がないからね。ちょっとした思いをものにしているだけだからね此の場所。私の続きはまた今度だ。いつかか知らないし、誤字脱字とか見返すことなく僕は此処でまた事実の連続に戻れるけれど、明日は晴れると良いね。感情もなくそれだけ。では。