好き好き超愛してる。

水底の遺物、繭の中、かたち。

他と変わらないから

ただの垂れ流しから脱却しても私であることは変わらない。

固定されないキャラクターを示すことは怖かったけれども、世界はあんがい広い。わからない言葉で溢れている。

人の声が聞こえない。耳をすませて、音源に直線を引かなければ意味を掴めない。わからないままうなづいて後で裏切り続けた。

どうでも良いけれど、目に映るから見る。レンズ越しの光景。写真なんて興味がない。自分の顔なんて水面を通しても映らない。僕は自分から目を逸らす。

耳が悪くて目が悪くて顔が悪くて根性が悪くてみたいな。全ては生き方、考え方。僕自身の性質でしかない。

僕が居なくても時間は進む。分かったような顔を続けるのは嫌だ。居ないのも嫌だ。僕のわがまま。わがままなりにやっていくしかない。

感情豊かな人間。文化に満ちた人間。人間は豊かだと教えてくれたアニメやドラマや映画や漫画やゲーム。人間だけが物語の中に息づいている。その事実に生かされて僕は今に囚われ続けている。積み重ねの錯覚が胸を締め付ける。

所詮今を出ていかない。ぐねぐね進むムカデは砂にまみれて丸っこくなる。沢山のムカデが害虫として施設の外で死んでいる。昆虫は単細胞。たった一つ動くだけ。息だけ。

心臓が動いている。時間と呼ばれ、太陽と月は入れ替わる。僕は子供から大人になり、身体が朽ちていく。死にたくない。今の楽しさ。若者のすべて。若者の権利。若者の欲情。若者の友情。若者の青春。若者の犯罪。

犬や豚のように、野生の動物であればなとひと昔前の僕は誰かから植え付けられた想像を拗らせた。犬のように、放し飼われて、人間はみんな犬で、雌とsexを拗らせる小旅行を繰り広げる。排泄もする。

死も生も変わらない。美人もブサイクも、豚から見れば理解できない。気にしている変な僕の声を弄られると、生きていく気力が挫かれそうになった。何も言い返せず涙が出そうになる。そして泣く。

泣ける人間に嫉妬する。そんな泣けて、よいひとみたいな。よいひとになりたい僕なんだろうか。父や母や周りに認められるような生き方を選んでいるに過ぎないと少し感じる今日この頃。

なにもかも等しいくせに続いていく毎日のような錯覚。僕は死なないような気がします。赤信号を気にせず歩いて、やってくるトラックなんて実は存在しないかも。高層ビルの屋上から飛び降りても死なない。僕は無敵だ。

恋人が生まれるなんてありえないし。人とsexするなんてありえないし。人の乳揉むなんてありえないし。ごまかし、ストレス解消の自慰に立脚した20代に映る現実なんて、どれほどステキなパステルカラー? 夜中、紫色の街灯は僕にはWindowsミニゲーム、sfチックのピンポールが真っ先に思い浮かぶ。性愛の空間には導かれない。

デブでもよい。臭くてもよい。意地悪でもよい。根性なしてもよい。バカでもよい。アホでもよい。音痴でもよい。目がみえなくてもよい。耳が悪くてもよい。女性に暴力を働いてもよい。

帰り道、女子高生が母親の迎えを待っている。女子高生は女子高生を暮らしている。女子高生がなかったときに、そうでありたいと願った女子の延長線上で、全くそうでなかった彼女ですら(失礼)、制服に身を包んで三年間を過ごす。女子高生であることの様々を暮らす。他と同じ今でしかないことを忘れて。

今目の前に生きている人。始発電車に乗っている人は冴えない死んだおじさんが殆ど。日本を支えているおじさんたち。生きている人ってどこにいるんだろう。素直に思う。

人のそれぞれの当たり前のなか。僕は僕の知っている当たり前を越えられない。

不毛な言葉って、不毛。

物語と永遠と今と終わりと同一性に生命は揺らぐ。達成すべき現実は遠ざかる。

自分の事実は存在しないのに、それでもすがりつくくだらない考えは何処にいくんだろう。どうしてすがりつくんだろう。

それぞれに自分自身を着ている。みんななんら変わりないのに、自分自身を思い込んで生きている。二百年後、みんな死んでいる。目の前の人は楽しそう、苦しそう。目の前の感情は二百年後、誰も知らない。

喜怒哀楽。四苦八苦。全ての感情は失われる。昨日の感情を明後日までもっていけない。その事実を知っても、今を続けなければ明日はこない。

語るに値しない、生きようとしない。それでも続くから、なんとかしようとするのはどうして。変わらないだろう。それでも、何かを続けようとするのはどうして。物語、見栄を壊すのは怖いだけかもしれない。他人ありきで自分に固執を続ける。何もかもを忘れて。

生きているは素晴らしい。生きているように思い込める自分たちが面白い。なにとも変わらないのに、それでも生き続ける。自分と人間と思い込める頭は愉快。そんな人間たる僕。今日も過ぎて、いずれ死ぬ。今はまだ呼吸を続ける。