有名な人々

三年後、三年前を振り返り、笑った、僕。

若者のすべて

iPhoneを片手にお茶を飲んだら床にダラダラと拭き取られることもない水分。今日は水難の相が浮かんでる。浴びたくもない水を三回も浴びた。


https://youtu.be/IPBXepn5jTA


若者のすべて。僕は若者とはいえないと思う。そう考えていたけれどやっぱり若者だった。今、僕は鈴原トウジがバスケットボールをシュートする場面を思い出した。あのとき鈴原トウジが何のためにシュートしたのか忘れたけれど、僕はその場面を使って僕自身がシュートしたくなった。僕が抱える若者のすべて、バスケットボールに込めてシュートしたい。ゴールすれば若者は昇華され、届かなければ腐る。

なにかを書こうとする。言おうとする。始まらなければ進まない。呟こうとすることが始まりだと考えた。社会に言葉を載せる以前に自分自身の繭の中に言葉を落とし込むことすら出来ていなかったからそこから始めることにした。意見は弱かった。弱いと思ったから呟かなかった。弱肉強食。長いものに巻かれる。虐められていても知らないふり。助けての視線なんて見ていない。

僕は僕でいらればいいじゃないかと考えている。社会は上手く回っている。そのような言葉でしか表現できない幼稚な僕。幼稚。幼稚なやつは嫌いだ。

自分が嫌いなやつはなにも好きになれない。好きな自分を偽って生きている。自分でしかいられない私を拒否する悪い私に罰は必要だ。

外で生きるってことは約束事でいっぱいだ。何処もすべて僕の土地ではない。僕がいるまえに誰かいた場所。誰かくる場所。一つ歪めばすべて歪む。次々と頭の上を転がってくるボールをただパスする。そんな簡単なこと、延々と続けるだけ。

全てに負けて引き篭もった。全ては僕より格上だと思う。格上の言うことは絶対。僕の頭は弱い。他人の言葉の方が信用できる。

今僕は存在している。僕は頭の上のボールを転がさなければならない。ボールは次々とやってくる。名前も顔も知らなくても知っていてもボールは次々とやってくる。僕は休もうとするし逃げようとする。するとどうなるんだ。ボールは次々と休まないのに、僕はいないんだ。ボールは次々と地面を転がり、まったく姿を見ていない人たちは僕のもとにやってくるんだ。ボールを止めたやつは誰だって。

完了させることが出来るのか僕は不安だ。今までまともに物事を成就させたことなどない。勝手な自分自身だけの満足など昔からゴミだと思っている。僕は僕を信用していない。僕と接続するはずのものは遠ざかる。誰が僕を遠ざけているのか。僕しかあり得ない。

単純なことをできないのは世界が広がったから。校庭の砂場で遊び続けたあくび少女はいきなりゴザ砂漠に落とされて涙を流す。

課題曲を覚える。台本を覚える。照明を覚える。本を読む。掃除をする。映画を見る。言葉を学ぶ。働く。寝る。食う。清潔にする。服を買う。洗濯する。やることはいっぱいあるのに一つも始めることなく時間は過ぎていく。

食べなくても良いのに食べる。やらなくてもよいのに自慰をする。眠たくないのに横になる。若者を全て吐き出したい。生きていくために。

なろうとする言葉ばかり吐き続けて、明日は来るのだろうか。そんなことを思う。どうなるんだろう。分からない。