有名な人々

三年後、三年前を振り返り、笑った、僕。

mother

むかしむかし私を生んだお母さんがいました。お母さんは私を産んで旅に出ました。私とお母さんとは出会ったことがありません。終わり。


屋根のある家に暮らせる人間は幸せであることに気づかない僕は形だけは立派な二階建ての自宅に住む。住人は祖父と僕と腹違いの弟。父親は出ていった。

僕はゴミと漫画とアニメとプロ野球Windows8と住む。二階、整理整頓出来ない僕には広すぎる部屋で五年。窓の外から聞こえる蝉の声に気づくことなく今日もまた無益な一日。

運ばれた飯を食って食って、寝る。なにかに熱中するかのような僕の合間をぬって置かれた飯はコンビニ弁当。レンジで温められた味は食いあきた。

窓は半開き。クーラーはつけないポリシー。扇風機をつける程度には暑さに敏感。

今年は何年だろう。日にちの感覚はない。時間もまた。外はみない。誰かが自分をみているといけないから。

ひゅー。今日もまた星の降る音。最近地球周辺は慌ただしい。人類は隕石に負けないために必死。僕は部屋に居続けることに固執

こつん、こつん。今日もまた窓に石。耳障りな子供、野太いおっさん、つまり僕の怒声。おもちゃを務めるのもなかなかしんどい。汗まみれだ。

五年間掃除をせず部屋の隅にはティッシュの山。僕のごまかしが積もり積もった黄ばんだティッシュ。見て見ぬ振り。

ゴキブリとダニとムカデとヤモリとクモとアリとハエ。身体には赤い斑点。性器はぶくぶくと水ぶくれ。

こんこんこん。身体の異常を誰にも教えない。たった一つの扉にはタンスを寄せて開かずの扉。祖父のノックはいつしか消えた。僕の生命はいつまでもつんだろう。腹の音、喉の渇き、異常な発熱、痒い身体。耐えられない。

こつん、こつん、こつん、ばりんっ。巨大な石が僕の部屋の窓を割る。勢いよく割れたガラスは僕に刺さる。ただでさえ人前に出るには汚らしい僕の身体は血まみれ。僕の人生にはちょうど良い終わり方。

息をするの、疲れる。このまま死ぬのがいいんだろう。生きるって、ほんと疲労。

かさかさかさかさかさ。僕は死んでいくのに矮小な虫は動いている。ハエは僕の顔に止まりゴキブリは半開きの口の中へダニは構わず僕を刺してムカデもまたヤモリやクモは知らんアリは甘い僕に群がる。僕は虫の王。こんなどうしようもない僕でも王になれる。屋根のない人たち大丈夫。屋根があっても、くだらない人間はこうやって死ぬから。それでも王になれるから。メッセージを伝える手段はないので、じゅわっと黄ばんだ僕の脂肪を処理するその道の人が伝導することを祈ろう。世界中のスラムというスラムを歩き渡るその人は僕の死体を見てえらく感動するはずだ。このじめじめと脂肪を蓄え続ける国にも、これほどまでに惨めに死ぬ馬鹿がまだ居たのかと。

どかん、どっかん。熱風が黄ばんだ僕を吹き飛ばす。隕石が僕の町に降ったみたい。それでも僕の部屋は健在で、僕は死にかけ。

もうだめ。もう死ぬ。虫の王たる感覚に慣れてきた僕も王子に位を譲らなければならない。僕の王子、妻も子もいない僕は腹違いの弟にその座を譲る。彼はおそらく、いや絶対拒否する。これは間違いない。

かさかさかさ。虫たちは王の死去を悟り離れていく。別に崇める必要もない僕に葬式は不要で、次代の王の元へ向かう。そうして孤独に死ぬ僕はやはり馬鹿だ。

虫たちは部屋の中にまだいる。先ほどより数が増えたみたい。種類の違う虫たちは群がる。一つの生命のように蠢く。小さなゴミのような虫たちにこの部屋は狭い。熱風が僕の部屋に届く。火災だ。町が燃えている。外に比べればこの部屋は涼しい。僕の死を聞きつけた虫たちの集合かと考えた僕は馬鹿みたい。

しかし虫の動きは異常だ。白む僕の瞳に映る虫はこの部屋の家具とゴミを僕の前に運んでいる。一体彼らは何をしているのか。虫の道理を外れている。虫の王が言うから間違いない。

虫は虫の上に黄ばんだティシュを運ぶ。落ちては登り、落ちては登り。漫画もWindows8も服もゴミもベットもなにもかもが集結する。虫の造形。

それはひとりの女体。まるでローマかパリか知らないけれど中学の美術の教科書にてネタにされる性器を隠そうともしない立派な造形、美しい形。その実は汚らしい黒い虫でしかない。

黄ばみ息を失いつつある僕の前に虫の女性。彼女こそ虫の女王だろうか。

「私はあなたの母です。はじめまして」

虫による女性の造形物は、かっすかすのノイズじみた声を出した。虫の王だった僕に対する仕打ちが酷い。人生最後に母を具象するなんてふざけている。今すぐ町の火災が僕の部屋まで届き全てを燃やし尽くすことを祈ろう。僕はどうせ死ぬのだから。

「あなたの生命があとわずかと聞いて駆けつけました。子守唄を歌います」

鼓動を聞いたの。手をあてた。

私の血流とあなたの吐息。

名前はまだないわ。私の名前を呼ばないわ。

生きていく証明を残すまで、眠りなさい。

よいこよよいこ。

私のかわいいあなた。

「……」

僕はすでに死去。母の声は届かなかった。健在でも耳に届くことはなかっただろう。所詮まぼろし、虫の声。人間のような意味を届かせない。

僕が死んでまもなく僕の部屋は吹っ飛んだ。地球に隕石が降り注いだ。僕の町は消えて、僕の知らない街も消えて、地球はなくなった。様々な生命が住む星は失われた。人類に隕石は叶う敵ではなかった。そして宇宙は続いていく。地球など微塵も関係なく。僕の母なんていなかったように。実際いなかったし。