好き好き超愛してる。

水底の遺物、繭の中、かたち。

『受信できません。

 アンテナの設定や調整を確認してください』

もう何日もテレビの画面に変化はない。電気などとうの昔に繋がっていないのにヒビの入ったテレビ画面は律儀にヒビが入る前の画面を写し続ける。車椅子に座る90歳を越えた祖母はそんなテレビが好きだ。もう何日も動いていない。呼吸もしていない。

割れた皿と凝り固まった液体に汚れたカーペットの上をゴキブリが走る。腐臭を醸す祖母の周りをハエが飛び回る。ソファーに座る私の耳周りには不快な蚊が飛んでいる。私はささやかな抵抗として耳周りを叩き回る。蚊には何の影響もなく未だ不快な音を発し続ける。

窓から強烈な光が差す。大地を揺らす轟音が響き渡る。割れた窓から入る風は生暖かい。

自然現象に混じって時々玄関を叩く音は気のせいだろうか。妄想に囚われているんだろう。どうして今この時にそのようなトンチンカンな行動をとる人間がいるのだ。いつ死んでもおかしくないときに、自らの命を洗う時間に人の家の玄関を時たま叩く暇人などいない。用があるならば玄関を叩き壊して中にはいるべきだ。つまり私はくだらない妄想に浸っている。寂しすぎて、状況があまりに倒錯的で、現実にくだらない妄想を産んでしまったのだ。

『トン、トントン。ドン、ドンドン』

文明を破壊する自然現象に怯えて、それでも生き残ろうと努力する生物は宇宙船に乗ってこの星から消えた。この星に囚われた生物は全てがなくなっていく、そのピースの一つとして、今、今と少しずつ消えていく。地球規模に失われる。寿命を全うした祖母と違い生きられるはずだった私の生命はいつなくなっても誤差の範囲。逃げなかった私は残り少ないミネラルウォーターの生暖かさにげんなりしている。

破壊音は凄まじい。建物は風に乗ったゴミに潰されていく。私の家も時間の問題。

玄関から音が聞こえる。そんなはずはないのに来客者は時々ドアを叩く。この状況でこの家に私が生きていることを知っているように。私に外に出ておいでと誘惑するように。

『未曾有の災害危機が訪れるまであと三年。地球脱出希望者締め切りまで1ヶ月きる』

壊れたテレビの上に貼られた三年前の新聞をぼぅーと見つめる。両親は悔やんでも悔やみきれないだろう。今あの人たちは遠く離れていくこの星、小さな大陸を見つめながら何を思っているだろう。温いミネラルウォーターを一気に口に含む。余りにがば飲みし過ぎて吐き出した。地面に散り散りになった雑誌は茶色く染みる。それをみているとなんだか物悲しくなってきた。私は一体何をしているんだろう。悔やんでも悔やみきれない。

『人はいつか死ぬのだから』

受験に失敗してから、恋人に見捨てられて、友人から遠ざかり、好きだったアイドルも嘘臭くみえて、私に残ったものは希死念慮

母親が綺麗に産んだ私を傷つけた私を誰が認めるというのか。両親は認める。祖父母は認める。弟は認める。

認めるに殺される。

私は無理をすることが嫌だ。これから先、今までと同じような無理をし続けるぐらいならば、死ぬ。

『私はこの土地で死にたいわ』

大好き。おばあちゃんとこの土地大好き。おばあちゃんは笑って死んだ。私の言葉にうなづきながら死んだ。宇宙船に乗らないための嘘を肯定してくれた。私は新しいミネラルウォーターの蓋をあける。腐った祖母の周りを飛び続けるハエに向けて生暖かいミネラルウォーターをぶっかける。

可愛い制服を着て、可愛い女の子でいて、清純な女の子でいて、文武両道な女の子でいて。そんなあなたを私は認める。

Tシャツの肌触りが悪い。割れたガラスの下にある別のTシャツは雨に濡れて着替えられない。

玄関からの音は間隔が短くなっている。ソファーの後ろにあるドアを越えれば玄関に出られる。私は現実を確かめられる。私は動かない。生暖かいミネラルウォーターを腹はいっぱいなのに飲み続ける。気持ち悪いTシャツにだらだらと水が垂れる。

玄関からの音は止んだ。もう、全く聞こえない。私は手に握るミネラルウォーターを放り投げて、ソファーをずらしてドアを開けて、玄関に向かう。チェーンというチェーンに縛られた玄関を開けていく。外の轟音は酷くなる。後方が潰れる音がする。私は最後のチェーンを外し、玄関を開ける。外には誰もいない。ゴミだらけの延々なる更地が眼に映る。私の目から涙は垂れない。泣きたかった。せめて最後ぐらいまともに死にたかった。くだらない命だとしても。