有名な人々

三年後、三年前を振り返り、笑った、僕。

自閉

明るいがわからない。

自分のなんとかできる、なんにも感じない部分以外は暗幕を垂らしている。惑うのが無理だったから。

井の中で感じ続ける私は生きていると発言するが、井の外から見ているなにかは私を何と思っているんだろう。

暗幕を外せば、私は動けなくなるだろう。

整合性を取るのがしんどい。掃除がしんどい。部屋に置いてあるすべてがまどろっこしい。整えるぐらいならば捨てたくなる。そういう生活態度ならば生きていくのは厳しい。生きていたいならばなんとかして生きるだろう。この問題は野放しにしておく。

自分は同じ道を歩むことを好む。違う生き方は常に僕の脳を狂わす。

ぺちんぺちん父親の頬を叩き続ける娘。安全を保障された籠の中で呼吸する子供。

色々な生き方。交わる空間。同じ文脈。でも違う人々。

どうなりたくないばかりで生きてきた。どうなりたいという感情は僅か。なりたいない。それは完成された世界。終わった世界。さようなら。

すること、やれることは沢山あるけれど、何もしない。動けない。僕にはなんにもないらしい。だから黙って人のそばにいるのだ。それが慰めになるから。

何かが間違っていて、答えは求めていない。心地良さに目を逸らして本日の死を選ぶ。死は積もっていく。疲れた。

どの今も無駄じゃない。私は何をするんだろう。今をみんなが生きている。その場所の今を生き続けるものが主になる。私はやろうとしないことばかりで、例えば二、三週間駐車場に停めたままの自転車はあと数年放置し続けることになる。自らを社会に留める努力をしない。しんどい。疲れた。そんな感情が蓋をしている。私は海の中、浅い海、水面に浮かぶ文字を見ている。頭は動かず、裏側の文字から意味は判読不可能。

考えるのが億劫。億劫すぎて何も動かない。このまま何も動かない。不能な自分を揺り動かす痛みはなんなんだろう。昔とは違う何か、痛みに出会いたい。これも妄想に過ぎない。


避けて避けて走っていく。そのくせ走っていることを自慢する。いつのまにか黄ばんだロープが出来上がる。父はそれを根本から切り、ホームセンターで売る。母はそれを買い、地面が崩れ落ちそうなマイホームの支えに使う。大樹と家を繋ぐ。そんな町を誰が訪れようか。観光客は重い。町の前の測量計はアリ程度の重さしか許さない。町はいずれ飛んでいく。ラピュタはここにある。空を飛んでいく。私は美しい。